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わたしが彼女を愛した理由 11 バンコク出張編

バスがバンコク市内に戻る頃、夕方の空は穏やかなオレンジ色に染まり、街の喧騒が私たちを迎えるように響いていた。いつの間にか手を繋いでいて、その温もりに安心しながら、うとうとと眠りについていた。Linの手の感触が優しく、旅の疲れが少しずつ消えていくようだった。

バスターミナルに着くと、微笑みながら声をかけた。「このままショッピングモールに行かない?」Linは目を瞬かせ、少し考えるように視線を落とした後、ゆっくりと目を上げてこちらを見つめた。その瞳には柔らかな光が宿り、頬にほのかな微笑みが浮かんだ。タクシーを拾い、夕暮れの街を走り出す。ショッピングモールは、先日訪れた場所だ。その時、身につけている指輪と同じブランドの店が入っていることを覚えている。タクシーがショッピングモールに到着すると、ブランドの店へと向かう。店内に入ると、東京で誕生日に自分へのプレゼントとして買ったのと同じリングを探す。店員にリングを出してもらうように頼み、Linに微笑んで「これ、どう?」と尋ねた。

Linは一瞬驚いた表情を見せた後、困ったように笑みを浮かべ、「こんなに高価なものは受け取れないよ」と遠慮した。切なさが胸に広がったが、穏やかな声で言葉を重ねた。「どうしてもお礼をしたいの。あなたがいてくれたことで、特別な時間を過ごせたから」

店員にLinの指に合うサイズを探してもらうと、Linは少し緊張したように手を差し出した。その指はしなやかで、指先まで美しく整っていて、光に照らされるとほんのりとした透明感があった。指輪をLinの指にそっとはめると、店内の静けさが一層深まるように感じられた。プラチナに小さなダイヤがあしらわれたリングは、繊細な輝きが彼女のしなやかな指を引き立て、まるでそのために作られたかのように完璧に馴染んでいた。

指輪がぴたりと収まると、彼女は一瞬息を飲み、視線を上げてこちらを見つめた。その目には驚きと戸惑い、そして温かさが交じり合っていている。彼女の唇がわずかに開き、言葉を探しているのが伝わってくる。

「タクシーの中で話したことを覚えてくれていたんだね…本当に嬉しい」

Linの声はわずかに震えていた。

私が東京に戻っても、この指輪を通じてLinと繋がっていられる気がした。遠く離れていても、彼女の笑顔や優しい声が、この小さな輪の中に宿っている。心が不安で揺れる夜も、同じ指輪があればLinを思い出して、自分を支えてくれるはずだ。

買い物を終えると、Linは穏やかな笑みを浮かべて、

「この旅行、本当に楽しかったわ。あなたと過ごせた時間、特別な思い出になった」

と静かに言葉をかけた後、少し間を置いて続けた。

「今日は自宅で写真の編集をしなければならないけど、明日私の部屋に来る?仕事場も兼ねているから、あまりきれいじゃないけど」

Linの言葉の奥に何かを感じ取っていた。部屋はLinにとって仕事場であり、日常が詰まった場所――言い換えれば、彼女の最も自然で、ありのままの姿が存在する空間だ。それは彼女の内面を覗き込むような体験になるかもしれない。愛美は、その場所で過ごす時間が一体どのようなものになるのか、想像するだけで胸が高鳴る。普段はカメラを手に持ち、自由で軽やかに見えるLinだが、彼女が暮らす場所には、彼女の日常の細やかな瞬間が凝縮されているのだろう。どんな風に彼女が時間を過ごしているのか、どんな風に写真に向き合っているのか。

そしてLinの日常に触れることで、Linが持つ自由さや美しさの根源に、少しでも迫ることができたら――そう思うだけで、その先に広がる世界への期待で心が膨らんでいく。

Linと別れ、ホテルに戻ると、部屋のドアが静かに閉まる音が、現実に引き戻されるようだった。この静かな空間が、急に冷たく、広すぎるように感じられる。ひとりになった孤独感と同時に、彼女と過ごしていた特別な時間から離れてしまった寂しさが、胸にじわりと広がった。手を繋いでいたときのLinの肌の感触が、徐々に薄れていくのが悲しくて、何かにすがりたくなる。

まずバスルームへと向かう。お湯を溜めるのは、心の中のざわめきを少しでも静めたかったからだ。お湯が溜まるまでの間、ゆっくりと服を脱ぎ、一枚一枚床に置いていく。全身が露わになると、鏡の前に立ち、自分の身体を観察する。鏡に映る肌は、どこか火照っているように見えた。日焼けしたせいかもしれないし、それともLinとの時間が私の内側から何かを変えたのか――おそらくその両方なのだろう。肌の奥から発せられるほのかな熱は、Linの存在が残した余韻のように思えた。

次に手を胸に当ててみる。Linに触れられた場所に触れると、心なしか張りが増している気がした。彼女の指が触れたあのとき、何かが変わったように感じたのを思い出す。指先でその感触を辿るように撫でてみると、あのときの記憶が蘇り、胸の内がきゅっと締めつけられる。次にうっすらと浮かび上がる腹筋にも目を向ける。その中に、微かな疼きが存在している。それはどこか心地よい痛みで、Linとの触れ合いが刻み込まれた証のようだった。彼女の手の温もりや視線が身体を刺激し、心を揺さぶる。Linとの関係が、内面だけでなく、身体そのものにも影響を与えているのだ。

最後に、顔に視線を移す。鏡に映る表情が、これまでとはどこか違う。目元に浮かぶ光、口元のライン――以前よりも柔らかさが増している。Linとの時間が、私の硬く閉ざされていた心を少しずつほぐしてくれたのだろうか。微笑みを浮かべてみたが、その笑顔はどこかぎこちなかったけれど、満足できるものであった。自分が、少しずつ変わっていく。その変化は恐ろしいものではなく、むしろ新しい自分を発見するような喜びだ。

浴室から上がり、髪をタオルで包んでからドライヤーで乾かす。温かな風が髪を通り抜ける間、少しずつ日中の疲れが和らいでいく。ベッドの上で、オイルを手のひらにとり、優しく身体全体に塗り始めた。肌にオイルが馴染むと、しっとりとした感触が広がっていく。裸のまま、少しずつ変わり始めたを身体を確かめるように、注意深くマッサージをしてく。Linと触れ合ったことで変わった身体の反応、それが肌に、筋肉に、そして心に刻まれていることを、確かめるかのように。

指先が下腹部に届くと、その場所に存在する感覚が一層強くなった。Linと出会ってからずっと感じている、どこか説明のつかない違和感と疼き。それは決して不快なものではなく、自分の内側で何かが目覚め、動き始めている証のようだ。その感覚が愛おしく、そして少しだけ怖かった。下腹部にもう一度手を当て、ほんの少しだけ力を入れてみる。そこには、私自身の核となる部分――これまで触れることを恐れていた場所が、確かに存在しているのがわかった。

目を閉じて、その感覚にじっくりと集中する。Linとの時間が私をどれほど変えたのか、自分でもまだ把握しきれない。ただ、今はその新たな扉が開くのを受け入れ、その先に進んでいきたい。自分の中にある新たな力を感じ、その存在を少しずつ認めていく。自分自身の核、それを手で確かめるたびに、心の中に眠っていたものが目を覚ましていく。静寂の中で自分の呼吸だけが耳に響く。Linが私に教えてくれた新しい世界――その入り口に立っていることを実感しながら、自分の成長を感じ続けた。


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