わたしが彼女を愛した理由 10 バンコク出張編
昼下がりの柔らかな日差しがカーテン越しに差し込み、まだお互いの余韻を感じながらLinの隣で横たわっていた。穏やかな空気に包まれながらも、時計の針がチェックアウトの時間に近づいていることに気づき、少しずつ現実に引き戻された。Linが微笑みながら、「そろそろ準備しようか」と優しく声をかけてくれる。その表情に応え、私もゆっくりと身を起こし、持ってきたショートパンツにTシャツを合わせて着替えを済ませた。鏡越しに自分の顔を見ると、今朝のひとときが何かを変えてくれたようで、その表情に少し新鮮なものを感じた。準備を終え、私たちは並んでフロントへと向かう。「私が払うから」と告げた。Linは私の気持ちを理解してくれたようで、「ありがとう」と感謝の言葉をかけてくれる。その一言が、これまでの感謝と今ここにいる幸せが胸の中で広がっていく。
支払いを済ませ、フロントでチェックアウトの手続きを終えると、私たちは荷物を手にしてホテルを出た。外には午後の柔らかな陽光が降り注ぎ、街全体が穏やかに輝いているように見える。Linが「お寺に行こう」という。車に乗り込むと、窓の外にはビーチの街並みが次第に広がり、建物の色彩や緑の配置がどこか異国情緒を感じさせた。車が進むにつれて、遠くの高台に金色の巨大な仏像が見え始め、太陽の光を浴びて眩く輝いている姿に目を奪われる。金色に輝くその仏像は堂々とした存在感を放っている。
寺院に到着すると、広がる階段がその仏像へと続いていた。階段の両脇には鮮やかな色合いの龍の像が、静かに並んでいる。細かな装飾が施された龍の姿が、まるでこの場所を守護しているかのように威厳を持ってそびえ立ち、訪れる者を優雅に迎え入れているようだった。階段を一歩一歩踏みしめるたびに、心のざわめきが静まり、何か大きな存在に見守られているような安らぎが広がっていく。頂上へたどり着くと、目の前には仏像が厳かに佇み、背後には広大な風景が広がっていた。青く澄んだ海と遠くの街並みが見渡せ、地上の喧騒がすべて遠くに感じられるようだった。穏やかな風が頬を撫で、心を解き放ってくれるかのような優しさがそこにはあった。
隣で佇むLinの姿に目をやると、彼女も静かに手を合わせ、目を閉じている。光の中でそのシルエットが仏像と一体となって見え、彼女の存在がこの神聖な空間に溶け込んでく。私も静かに手を合わせ、仏像の前で目を閉じた。心の中にある小さな悩みや迷いが溶けていき、胸の奥が静かな安らぎで満たされていくのを感じた。目を閉じ、静かに祈りを捧げながら、昨日の夜と今日の朝の出来事が心に浮かんだ。あの親密なひととき、触れ合うことで生まれた温かさ、重ねた感情とその余韻が、今もまだ私の体にじんわりと残っている。Linとの間に生まれた新しい感覚が、昨日までの日常とはまるで違った色合いで心の奥に刻まれていく。
そして今、二人はこの寺院の前にいる。巨大な金色の仏像が堂々と佇むこの場所には、昨夜と今朝の温もりとはまた違う種類の静けさと荘厳さが漂っていた。ここでは私たちが一人の人間としての小さな存在であることが強調される一方で、その小さな存在も何か大きなものに包まれているような安らぎを感じる。夜と朝の親密さが、あたたかな布で私たちを包み込んでいたのに対し、この場所は空気そのものが大きな静寂で満たされ、すべてを優しく見守っているように思えた。その対比があまりにも鮮やかで、心が不思議に揺れ動いた。Linと過ごしたあの親密で温かなひととき、触れることで心が満たされていくあの感覚。そして今、この寺院の前で感じる深い静寂が、まるで自分の心の奥にあるものをじっと見つめ、浄化してくれているようだった。触れ合いで得たぬくもりと、ここで感じる無垢な静けさ。どちらも私にとって大切で、互いに欠かせないものであることに気づく。
しかし、その静けさの奥で、揺れ動く気持ちが何度も胸に浮かんでは消える。Linへの想い、それをどう伝えるべきか。そのすべてが、自分の中で言葉になりたがっているのを感じた。深呼吸を一つし、思い切ってLinの方を向いた。彼女は静かに私を見つめて、微笑みを浮かべている。その柔らかな眼差しに励まされ、私は口を開いた。
「Lin…あなたに、どうしても伝えたいことがあるの」
Linは何も言わず、私の言葉を待ってくれている。息を整え、頭の中で何度も選び直した言葉を一つひとつ紡ぎ出した。
「最初に会ったときから、あなたに対して特別な感情があったの。ただの友人としてじゃなくて、もっと…もっと深い何かを感じた。でも、私は今まで男性としか恋愛をしてこなかったから、こんな風に女性に惹かれている自分に戸惑いがあって…自分がどう感じているのか、どう受け止めたらいいのか、本当に混乱してる」
Linは静かにうなずき、私の気持ちに寄り添うように見つめてくれる。その優しさが私を安心させ、さらに言葉を続けた。
「昨日の夜、あなたと過ごして…そして今日の朝、隣で目覚めたときに、初めて自分がどう思っているのか少しずつ見えてきた気がした。あなたと過ごす時間が、今までのどんな恋愛とも違っていて、もしかしたら…私はあなたのことを、心から好きなのかもしれない」
自分で言葉にすることで、初めてその感情が現実のものとして形を持ち始めた。けれど、その重さに胸が少し苦しくなるのを感じた。少し戸惑いながら、Linの目を見つめた。
「でも、どうしたらいいのかまだわからないの。あなたと一緒にいたい気持ちはあるのに、今後どう進んでいけばいいのか、自分でも判断がつかなくて…。だけど、この気持ちだけはどうしても伝えたかった」
言葉が尽きたとき、私はすべてをさらけ出したような心地がした。Linは一瞬だけ目を閉じ、静かに私の手を取ってくれた。その温かさが、私の迷いを優しく包み込んでいく。ゆっくりと手を握り返してくれるその仕草に、彼女の言葉にならない思いが伝わってきたような気がした。Linは微笑みを浮かべ、私の目を真っ直ぐに見つめて、小さな声で「ありがとう」と言ってくれた。その一言が、私の心の中に響き渡り、今まで感じていた迷いや不安が少しずつ溶けていく。
静かに耳を傾けていたLinは、しばらくの間、視線を落としたまま考え込むように黙っていた。その沈黙に不安を感じ始めたが、次の瞬間、Linがゆっくりと顔を上げ、真剣な眼差しで見つめ返してくる。
「愛美…あなたがこんなにも率直に気持ちを伝えてくれたこと、本当に嬉しい」Linの声は少し震えを含んでいたが、その中には揺るぎない温かさが込められていた。
「私もね、最初に会ったときからあなたに特別な何かを感じていた。でも、それが何なのか、自分の中でちゃんと理解するのが怖かったのかもしれない」
Linは少し微笑みながら言葉を続けた。
「これまでの自分を振り返ると、性別で恋愛の相手を決めてきたことなんて一度もなかった。あなたに惹かれている気持ちも、あなたが女性だからとか、そんなことじゃなくて…ただ、愛美としてのあなたが私にとって特別なんだ」
「あなたが女性であるか男性であるかなんて、私にとっては本当に些細なことなの。ただ、あなたがどんな人で、どんな人生を歩んできたのか、そのことだけが本当に大切で…」
Linの声には、彼女の内なる確信が表れていた。
「昨日の夜も、今朝も、あなたと一緒に過ごしているとき、私はただ自分の感覚に素直になれていた。そしてその時間が、とても自然で、何も疑うことなく心地よいもので…それだけで十分だって、今は思っている」
少し間を置いてから、Linは静かに愛美の目を見つめ、微笑んだ。
「未来のことなんて、私にもまだ分からない。でも、今この瞬間、私の気持ちははっきりしてる。愛美、あなたは私にとってかけがえのない人。これが、私の素直な気持ち」
Linの真摯な眼差しを受け止めながら、心がじんわりと温かく満たされていくのを感じた。その場に流れる静けさの中で、二人は互いの存在の大切さを確かめ合うように、手を握り合う。
「Lin…」私はそっと彼女の方を向き、気持ちを込めて言葉を継いだ。「バンコクに戻りましょう」
Linは少し驚いたように私を見つめ、穏やかな微笑みを浮かべて首をかしげた。「どうして?」
私は微笑み返し、彼女の手をそっと握りしめながら続けた。「どうしても、あなたに贈りたいものがあるの。これまでの感謝や、今の気持ちをちゃんと形にして伝えたい」
Linの目にほんのりとした驚きと温かさが浮かび、私の言葉を静かに受け止めてくれているのが分かった。彼女も私の手をしっかりと握り返し、そっと頷いた。
「ありがとう、愛美。あなたの気持ち、嬉しい」
タイの穏やかな空気が二人を包む中、私たちは手をつないだまま静かに歩き出した。プレゼントを通して、この気持ちをしっかりと伝えられることを心に誓いながら、彼女と並んで歩くこの時間がさらに特別に感じられた。
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