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わたしが彼女を愛した理由 12 バンコク出張編

朝の光がゆっくりとカーテン越しに差し込んできた。目が覚めた瞬間、ここ2日間の出来事が波のように押し寄せ、胸が高鳴るのを感じた。ベッドの上で横になりながら、静かに天井を見つめる。Linとの時間が夢のようで、現実感がない。それでも、体の中にまだ残る温かさが、それが確かに起こったことだと教えてくれる。Linの顔が頭に浮かび、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚が走った。彼女に触れられた感覚、彼女の声、彼女の目――全てが鮮明に蘇る。いつもの朝とは違う、この心地よい混乱は一体何だろう?体も心も、今までとは違う反応をしている。

ベッドの中で少し体を動かすと、昨日の余韻が残っているのがわかった。Linとの時間は、自分の知らない新しい扉を開いたようだった。それが恐怖や戸惑いではなく、もっと期待と不安が混じったものだということにも、驚いている。女性に対してこんな感情を抱くなんて、これまで一度もなかった。でも、Linに触れられた瞬間、自分の中で何かが変わったことに気づいた。

「これは本当の自分?」ふと、そんな疑問が浮かぶ。Linへの気持ちは一時的なものなのか、それとももっと深いものなのか、まだわからない。ただ、彼女との時間は、決して忘れられるものではない。それは単なる感覚ではなく、身体と心に深く刻まれたように感じられた。静かにベッドから起き上がり、窓際に立つ。バンコクの街はすでに動き始めているが、その喧騒が遠くに感じられる。窓の外を眺めながら、頭の中で昨日のことをもう一度整理しようとする。Linにもう一度会いたい。その気持ちは確かにあるけれど、彼女が今どう感じているのか、そしてこれからの私たちがどうなるのか、霧の中にいるようで先が見えない。

昨日までの余韻を思い出しながら、Linとおそろいのリングに目を向けた。柔らかい光の中で輝くローズゴールドのリングは、滑らかな曲線を持ち、指先に温もりをもたらしている。小さな刻印が控えめに光を受けて煌めき、そのデザインに二人の特別な絆を感じさせた。リングを指でなぞると、Linの穏やかな笑顔、優しく響く声が心の奥から蘇る。

スマートフォンを手に取ると、Linからのメッセージが届いていた。

「おはよう、お昼前に来られる?一緒にランチしてから部屋に行きましょう」

とレストランの場所とともに書かれていた。

少し渋滞していたものの、車は15分ほどで目的地に到着した。昼時のためか、店内は活気に満ちている。カフェはイタリアンレストランの雰囲気で、香ばしいトマトソースやハーブの香りが鼻をくすぐる。店内を見渡すと、Linがすでに席に着き、グラスに満たされた琥珀色のビールを手にしていた。その姿はいつもと変わらず美しく、昨日と同じLinの笑顔に気持ちが和らぐ。「ごめん、先に飲んじゃってる」と、いたずらっぽく笑うLinの声が響く。

グラスとともに目に入ったのは、彼女の指に光る昨日のおそろいのリングだった。陽の光を受けて、リングが淡く輝いている。

「リングしてくれているんだね、ありがとう」と伝えると、Linは「とても気に入ったわ。いつかお礼しなくちゃね」と微笑んだ。

「今日の仕事は終わったの?」と尋ねると、Linはグラスを置きながら頷いた。「うん、ビーチで撮影した写真の編集をして、クライアントに納品しただけだからすぐに終わったわ」と答える。半日離れただけなのに、ずいぶんと久しぶりな気がする。頼んだパスタを一口味わい、続けて冷たいビールを口に含む。ビールの微かな苦味が、Linの存在によってほんのり甘く感じられた。パスタを食べ終えると、Linが「部屋に行きましょうか」と穏やかな声で言った。

しばらくしてLinの宿泊先に着く。外観はモダンでスタイリッシュな造りで、エントランスには手入れの行き届いた緑が迎えてくれる。建物の中に一歩踏み入れると、ロビーには洗練された静寂が広がり、木目調の家具と上質なインテリアが落ち着いた空気を醸し出している。エレベーターで数階上がり、Linが部屋の鍵を開けた。

リビングは広く、落ち着いた色合いの上品なソファとテーブルが調和を保ちながら配置されている。大きな窓からはバンコクの街並みが広がり、柔らかな自然光が温かい光を部屋いっぱいに広げていた。

カバンをそっとリビングに置くと、目に飛び込んできたのは壁に並ぶ写真の数々。Linが撮影したであろうそれらの写真は、主に女性たちを題材にしており、様々な人種や職業の女性たちが力強く美しい表情を浮かべていた。写真一枚一枚が、それぞれの物語を語るように生き生きとしていて、思わず見入ってしまう。Linの感性と彼女が見つめた世界が、この空間に詰まっていることを感じ、心が揺れた。同時に、胸の奥に奇妙なざわめきが生まれているのに気づいた。壁に飾られた女性たちの写真を見つめると、自分の中に嫉妬ともいえる感情が湧き上がってくる。これが本当に嫉妬なのか、それとも何か別の感情なのか、自分でもはっきりとわからない。

写真に写っている女性たちの表情はあまりにも生々しく、目の奥や口元の微妙な変化から特別な何かが伝わってくるようだった。自信に満ちた視線、控えめな微笑み、そして時折見せる挑戦的なまなざし――その一つ一つが、Linとどのような時間を共有してきたのかを物語っているように感じられた。

「彼女たちとは、ただの被写体としての関係だったのか。それとも…?」頭の中でその問いがぐるぐると回り始める。自分はその中の誰とも違う、Linにとって特別な存在なのかという不安が静かに広がり始める。

「大丈夫?」

Linの声が背後から響き、思わず肩をすくめた。振り返ると、Linが穏やかな目でこちらを見つめていた。心臓が一瞬止まったように感じる。自分の中で湧き上がる感情をどう整理すればいいのか、わからないまま微笑みを返す。

「うん、大丈夫。ただ、これらの写真…とても力強くて、感動しちゃって」

声が震えないように努めて言葉を選んだ。

Linは少しだけ笑みを深め、

「ありがとう、撮影は私にとって、被写体と共有する時間、その中にある瞬間を切り取ることが、私のすべてなんだ」

と言いながら、やさしく手を絡めてくる。その温もりが、混乱していた心を少しだけ落ち着かせてくれるように思えた。しかし、心の奥底では、まだざわめきが完全には消えていなかった。自分がLinにとって、どれほどの意味を持つのか。

Linが冷蔵庫から持ってきてくれたペットボトルの水をグラスに移し、差し出してくれた。その水の動きを見つめながら、グラスを受け取った。冷たい水が喉を潤し、心のざわつきを一瞬だけ和らげてくれる。Linが自分のためにこうして気を配ってくれることが、うれしい。

「ありがとう、Lin」

と、かすかに笑みを浮かべながら言葉をつむぐと、Linは軽く頷いた。

Linの澄んだ瞳をじっと見つめると、その奥に広がる深い世界に引き込まれそうになる。心臓が早鐘を打ち、身体中に熱がこもっていくのがわかる。さっき見た写真に映る力強い女性たちの顔が頭をかすめ、強くLinの手を握る。私の中で生まれた感情が、嫉妬なのか安心を求める欲求なのか、はっきりとはわからない。ただ、下腹部に熱が広がり、体全体がLinに触れたいという欲望で満たされていく。彼女の髪に触れると、女性の香りが漂ってくる。目の前のLinが現実か夢かさえ曖昧になり、抑えきれない衝動が私を突き動かす。

彼女の唇に自分の唇を重ねる。Linはすぐに応えるように唇を動かし、舌を絡めてきた。甘く、熱を持った感覚が胸を満たし、全身が震えるほどの情熱に包まれる。彼女の手が私の肩に触れ、その動きは優しさと欲望を混ぜ合わせたものだった。

「ベッドに行きましょう」

とLinが囁くように言い、微笑んだ。その一言に、自分の中の理性が完全に溶けていく。

こんな風に自分からLinを求めることは、想像できなかった。いや、Linだけでなく、今まで身体を共にした男性たちともそうだったはずだ。私の心はいつも相手に委ねられ、ただ彼らの熱に応じるだけで、自ら積極的に触れたい、求めたいと思うことなど一度もなかった。だからこそ、今の自分の行動に驚きを隠せない。

Linの瞳を見つめると、その中に私自身が映り込んでいることに気づく。そこには私の感情を見透かすような、優しさと欲望が入り混じった光が宿っていた。胸が締め付けられ、呼吸が荒くなる。これが何なのか、まだ自分でも理解できていない。安心したいのか、それとも未知の領域に踏み込みたいのか。ただ一つ言えるのは、Linに触れていたい、彼女の温もりを感じ続けていたいという切実な願いだけだ。

過去に味わったことのない、この新しい感情は、私を戸惑わせると同時に引きつけてやまない。心の奥底で芽生えたこの思いに、戸惑いと期待がない交ぜになっているのを感じる。自分が自ら求め、手を伸ばすことで得られる感情の深さ――それがどれほど特別なものなのかを、今ようやく理解し始めている。

Linへの思いが溢れ出し、抑えようのない熱が全身を駆け巡る。私の指先は彼女の肌をなぞり、その温もりと柔らかさが指に伝わるたび、心臓が高鳴りを増していく。Linもそれに応えるように、密やかに息を震わせながら抱きしめてくれる。その腕の力強さが、私をさらに深く惹き込んでいく。

呼吸は次第に荒くなり、身体が一つの波のように連動して反応する。触れるたび、甘い痺れが広がり、互いの存在を確認し合うような無言のやり取りが続く。Linの目は潤み、瞳の奥に熱が宿っているのがはっきりとわかる。その視線に射抜かれ、私の中のすべてがLinを求めるように叫び出す。激しく鼓動するLinの胸に手を置くと、Linがそっと私の名前を囁く。その声がさらに深い感情を呼び起こす。指先で彼女の輪郭をたどりながら、互いの温度が溶け合い、一体となっていく感覚に包まれる。

理性を保とうとしていた薄い糸が、ついに切れた。嫉妬、愛情、そして性欲が渦巻き、もはやそれを抑えることはできない。Linを見つめる視線に、自分の中にある複雑な感情がすべて混じり合い、止めどなく溢れ出すのがわかる。これまでの自分ならば、こんな感情を押し込めていただろう。でも、今はもう引き返せない。

心の中にある嫉妬は、彼女を独占したいという欲望となり、愛情は一層深い結びつきを求めて燃え上がる。そして性欲は、身体の隅々まで熱を伴って広がり、私を完全に支配していく。Linが見せる一瞬の表情、彼女の指が触れるたびに感じる温もりが、その衝動をさらに煽っている。

「もう我慢しない…」

自分の声が震えるのを感じながら囁いた。

私たちは言葉を交わすことなく、お互いを求め合い、触れるたびに深まる熱が二人を包み込む。理性はもはや跡形もなく消え去り、ただ本能のままに彼女を求め続ける。体が重なり合う瞬間、心の奥底から溢れる感情が混じり合い、私たちは一つの存在として溶け合っていく。

やがて、熱を持った空気は静けさに包まれ、私たちは互いの身体を寄せ合いながら、Linの腕の中に身を委ねる。彼女の心臓の鼓動が自分の鼓動と重なるたび、二人の間に生まれた絆を感じずにはいられない。肌が触れ合い、汗ばんだその感触さえも愛おしい。この一瞬を忘れまいと体が記憶しているようだった。

Linが指を絡めてくると、おそろいのリングが互いに光を受けて淡く輝く。そのリングは、私たち二人だけの秘密のように、静かな誓いを象徴している。私はその輝きを見つめ、指先でLinの手を撫でた。リングの滑らかな曲線が指先に心地よく伝わり、その存在が私たちの絆を強く意識させた。Linの胸の中で目を閉じると、これまでの恋愛で感じたことのない、この特別な感情に包まれ、私は思わずLinの手をもう一度強く握りしめる。

胸の内に湧き上がる思いは、単なる一時的な熱情ではないことを、はっきりと自覚していた。Linへの気持ちは、刹那的なものではなく、深く根付いたものであり、今までの不安や戸惑いが、消え去っていく。Linとの関わりががこれからの私の人生を変えていくのだ。Linと共にいる未来が見えないほど遠く感じるのではなく、手を伸ばせばすぐに届く距離にあることを、今はっきりと確信した。

東京での整然とした日常は、私にとって安心と同時に圧迫感をもたらしていた。決まった時間に起き、混雑した電車に揺られ、オフィスのルーチンをこなす――それは安定しているけれど、私の心の奥底に潜む何かを覆い隠すような日々だった。自分の役割を演じることに慣れ、社会が求める自分として振る舞うことに疑問を抱く余地すらなかった。しかし、バンコクでの出会い、Linとの時間が、私の中の隠れた扉を開くきっかけとなった。

初めてLinの自由で自然な笑顔を見たとき、心に小さな衝撃が走ったのを思い出す。彼女の無邪気な笑い声、視線、自信に満ちた立ち振る舞い――それらは私が東京で感じたことのない何かを呼び覚ました。初めは戸惑いだった。なぜ、これほど心を揺さぶられるのか、自分でも理解できなかった。Linに会うたび、その感情は増していき、冷静さを保つことが難しくなる自分がいた。

「これは本当の自分なのだろうか?」

という問いが、何度も頭の中で反響した。東京では、誰もがそれぞれの「正解」を探し、きっちりと役割を果たしていた。私もその一部だった。常に「何が正しいのか」「どう振る舞うべきか」と自問自答し、自分の欲望や本心を抑え込んでいた。それが「大人」として求められる姿だと信じていたから。

女性に対してこんな気持ちを抱くなんて、自分でも驚きだった。だが、Linの瞳に映る自分は、これまでとは違う、自分自身を解放した姿だった。

「私は、知らなかったのだ」

愛の形を、そして本当に求めているものを。そしてそれを理解することに恐れを抱いていたのだ。揺らぐことのない確信が、胸の中で静かに芽生えている。

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