ChatGPTは答えてくれたけれど、GaminiとCopilotは拒否する「リンガ」と「ヨニ」。こういうところから文化的偏見が始まる!かも?!
ChatGPTの無料講座を終えて、有料講座の準備中の足立明穂です。
この劇的に進化する生成AIの中で、変わらないことを提供できるかどうかが、すごく考えまくっています。でもって、こいうのは、ChatGPTとかって役に立たないんですよねぇ・・・(どうでもいい回答しかしない・・・)。
で、回答ということで、最近、面白いことがあったので、それについてお伝えします。
これまでも、日本の「たぬき」や「こたつ」を描いてくれないということがありましたが、「リンガとヨニ」について質問するとChatGPTは回答してくれるのに、GeminiとCopirotは、回答を拒否ります。(わかりませんではなく、途中まで回答しながら、消えます!!)
こういうところから、文化・伝統への偏見が始まるのではないかなぁ・・・って思うのですよ。
その辺の詳細は、ぜひ、最後まで読んでみてくださいね。
インドに旅行した人の話を聞いて「リンガ」と「ヨニ」について調べたら・・・
インドに修行のような旅行をしたって人の話をきいて、その中で神道とヒンドゥー教とが似ているという話で、その中で出てきたのが、「リンガとヨニ」。
検索で調べても面白くないので、ここは生成AIに質問してみましょう!w
リンガとヨニについて教えてください
ChatGPT
Gemini
「機能は含まれておりません」って、どういう回答?wwww
Copilot
途中まで表示してから、消すって!!wwww
検索してみるとわかりますが、ヒンドゥー教では、男性器や女性器をかたどったものを祭る伝統があり、日本でも神社などでも、そういうのってありますよね?
民間企業での「検閲」が始まる
学習データを利用したAI、特に生成AIは、「事前学習」しているので、その学習内容が問題になります。
わかりやすい例で言えば、あなたの会社で弁護士を雇うとします。その時に、知り合いから、「国際弁護士が知り合いにいるから、契約してみる?」と言われ、会ってみたら・・・
「国際弁護士なんですよね?」
「ええ、そうです。イギリス、アメリカ、ドイツ、フランスで弁護士資格を持ってますよ」
「それは、すごいですねー! ぜひ、うちと契約していただけませんか?」
「喜んで。では、こちらに契約書を用意してるので、まずは、こちらを読んでサインをお願いします」
「これ、英語ですよね・・・ 日本語のはないのですか?」
「すみません。日本の法律は勉強してないので、英語かドイツ語かフランス語の契約書になります」
「・・・・・」
こんな状態ですw
ちなみにChatGPTは、これを読んで、こんな回答をしてくれましたw
わかってますねぇ! では、切り返してみましょうw
あなたもそうですよね?w
おぉ! なかなかの回答をしています! だんだん、人間も負けそうな状態になってきてませんか?w
って、話がそれました(^^;
言いたいのは、質問や回答が、いいか、悪いかを決めているのは、生成AIを作っている民間企業であること。
そして、悲しいかな、今は、日本企業ではなく、海外(アメリカ!)の民間企業であり、基本的にはアメリカの法律や文化・風習が基準になってくるということです。
いいとか悪いとかは抜きにしても、戦前と戦後の日本は、あまりにもかけ離れています。食生活も大きく変化し、平均身長、平均寿命も劇的に変化しました。
AIがアメリカ企業を中心に発展するとなれば、そこで得られる情報や判断は、どうしてもアメリカの価値観が主軸になります。
日本の文化を検閲されるようなことになりかねません。
価値観や法律は時代によって変化する。しかし・・・・
言うまでもないですが、価値観や法律、基準、習慣などは、時代によって変化します。
ジェネレーションギャップといわれるように30年、いや、今の時代は、10年ほどで、言葉の意味すら変化してきます。
人間は過去のことを忘れていきますし、世代が変わると、子供のころの経験から異なるので、忘れるどころか、知らない状態。
日本でも、スマホのない時代を知らない世代が社会人になってますし、テレビよりもスマホなどで動画配信を見ている時間の方が長い状態になっています。
まあ、だからこそ、こんなドラマがZ世代の若者に受けたりしています(中には、「昭和って、言いたいことがいえる時代だったのですねー」とかいう若者もw)
このように人間の場合は、どちらかというと、価値観などは入れ替わっていくのですが、AIはどうなるのか?
生成AIも常に学習させながら運用することは可能ですが、ものすごい難しいことが一つあります。
「忘れない」ということ。
人間なら、まさに不老不死状態で、子供のころからの記憶もずーーーーっと忘れないでいて、また、新しいことも常に学んでいく状態。
そういう状態って、周囲の人たちと話が合うのでしょうか?
これは、不老不死の人が一人いた場合という想定ですが、生成AIを誰もが使うような世の中に変化していくと、そういう「不老不死の人」が常にそばにいて、あれこれ教えてくれる社会なのです。
ええ、変化する人間の方が少なくなってしまうのかもしれません。
生成AIが広まっていって、便利な世の中、生活に必要な衣食住に関することは、ロボットやAIがすべてやってくれるような時代になれば、生活は「楽(らく)」かもしれませんが、それって、「楽しい」生活なのかどうか?
意識的に創作や、考えるということをやっていかないと、人間は単なる生成AIのオプションに過ぎない状態になるのかもしれません。
AIを使って小説を書いたとか話題になった芥川賞受賞した「東京都同情塔」を読み終えて、そんな未来なのかなぁとか思ってしまいます。