雑感-“氏素性”について考えてみた
先日友人の投稿で、83歳の老夫人が戸籍に記されるご自身の名前の漢字を区役所に無断で変更されたとして家裁に提訴し、家裁はその主張を認めたといった記事を知った。「漢字が変わると社会生活に多大な影響を及ぼし、根拠となる法律の規定がないのに行政が一方的に改めることは許されない」との判断があったとのことだが、どうもこの方の戸籍に登録されていた文字は“廣”ではなく“广に黄”という文字だったようだ。当然ながらこうした文字は正字としては存在しておらず、誤字の一種と言ってもよいものだろう。戸籍法が成立した明治期以降届けだされた大量の戸籍届は、届出者が申請書に書いた文字を、これまた係官が手書きで写して戸籍簿に記載したものである。当然ながら癖字に交じって誤字も存在したのも不思議ではないが、いったん戸籍簿に書かれた文字は「親からもらった名前」として自らのアイデンティティの重要な一部として重んじられてしまう。その結果が、今回の提訴につながったのだろう。事実、「元の字を取り戻したことに誇らしさと達成感を感じた」との感想が記事には書かれている。
一方で、こうした様々な文字種の反乱は、デジタルへの転換にとっての大きな障害になっていることも事実である。そのため、政府や行政では標準化の一環として行政サービスに必要な文字種の絞り込みを進めている。この記事にある訴訟は、そうした作業の過程で生じた問題に他ならないが、長年デジタルに携わってきた私の感性では、自分の姓名の文字がそれほど重要なのかと思ってしまう。実際、私の“達”という漢字は、以前の戸籍では“广に幸”と表記されていた。不思議なことに長年見過ごされてきたようだが、転居の際に自治体から指摘されて初めて分かり、不便なので正字に変えてもらう手続きを行ったことがある。その当時存命だった父親や叔父などにも一応断ってはいたが、取り立てて不満はなかった。文字に対する考え方も人それぞれと言ってしまえばそれまでだが、海外の様々な事情を知るうちに、日本人の“氏素性”に対する強いこだわりは少々特異的な気がする。そこで、氏素性に対する日本人のとらえ方について少々考えてみたい。
姓についての考え方
姓をめぐる代表的な議論として選択的夫婦別姓制度があげられる。民法で「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する(第750条)」と定められているが、大半の日本人は、こうした民法の規定をごく当たり前に捉えているのではなかろうか。それゆえ、選択的夫婦別姓制度をめぐる議論に違和感すら覚える人が多いのではないだろうか。夫婦同姓といた考え方は、それほど日本人の生活に血肉化された感性と言っても過言ではない。
日本の夫婦同姓制度は、夫婦のいずれかが相手の家に入る(入り嫁もしくは入り婿)といった性格が強く、家を基盤とした生活スタイルが長い間に習慣化したようだ。その典型が戸籍制度であり、戸籍とは個人を証明するというより、家の本籍地と戸主を中心にその変遷過程を証明するといった性格が強い。つまり、極論すれば日本の家族関係の中心には家が存在し、個人は家に従属する存在であると言っても過言ではないだろう。
他方、国際的に見れば日本ほど家を中心とする夫婦同姓を徹底している国は少ないようだ。隣国の韓国では、日本とは真逆に婚姻時とは言えども姓の変更は認められていないため、夫婦は別姓であることが当たり前である。中国や台湾なども、韓国ほど法律で徹底してはいないものの夫婦別姓が当たり前になっている。子供に与える姓も、夫婦どちらの姓を名乗らせるかを夫婦で相談して決めることができる。
欧米においても姓の選択はかなり自由度が高く、日本のように同姓であることを法律で規定している国は少ないようである。明治時代に民法の手本としたドイツでも、婚姻時に夫婦いずれか姓を名乗るかを決める必要はあるが、日本のような入り嫁・入り婿的な考え方は存在していない。私事であるが、私の次男坊が結婚する際に息子から相手の姓を名乗っても良いか?と相談されたことがある。なんでも、先方の家庭は女の子ばかりであり末っ子の嫁には旧姓を名乗ってほしいと言われたそうである。私は躊躇なく「別に姓などに拘っていないから好きなようにすればいい」と答えた。もちろん当然ながら入り婿にしたつもりもその必要もなかった。とにかく息子夫婦にとってそれが幸せならどうでも良いという思いのほうが強かった。嫁も孫も私の近くに家を買って、姓は異なるものの普通の三世代家族として生活を送っている。
氏素性意識が地盤意識を醸成する?
日本の家を中心とする考え方は、かつての藩閥政治の名残のように感じられてならない。藩閥政治とは、明治維新後に有力藩の出身者が出身地盤に依拠して政治的な勢力や影響力を行使していたことを指すが、今日政治の世界でよく言われる“地盤・看板・カバン”などは実に性格が類似している。長く続いた江戸期の封建体制では、氏素性によって身分が決められ、そうした身分は概ね固定していた。すなわち、氏素性を守ることが秩序の維持につながっていたと解釈できるだろう。その伝統が明治期には藩閥政治へと変化し、今日では政治的な地盤にもつながっていると考えれば、戦後2回の政権交代が悉く一過性な出来事に終わり、振り子のように自民党による長期政権に戻り、二世や三世議員が大量に当選し、仮に不祥事が生じても容易なことでは転覆しない政治体制がそれなりに安定を保てているのも頷ける。つまり、危機に瀕しても秩序を維持しようという目には見えないバランス力学が強く作用していると考えることができそうである。
そう考えると、日本人ほど秩序が壊れることを恐れる国民は世界的にも稀有なように思える。300万人以上もの犠牲者を出し瓦礫と化した太平洋戦争直後の日本でも、国体護持の重要性は国民全般に浸透していた。悲惨な状態に陥れた政府を呪い革命を叫ぶ声は、いつしか秩序を維持すべきとする声にかき消されていった。識者のなかには、日本は革命を経験したことがないため、真の民主主義が醸成されなかったと述べる人もいるが、そもそも日本は革命という社会の根本的な変革には最も縁遠い国なのかもしれない。
以前話題になった『新聞記者』という映画の終幕に「この国の民主主義は形だけでいい」というセリフがあったが、秩序さえ維持されれば民主主義は借り物でも良いという意識は日本人の多くが抱く潜在意識なのかもしれない。そうした秩序の根源には“氏素性”的な意識が見え隠れしてならない。
ちなみに、韓国では二世政治家はほぼ存在しないと言う。なぜなら、親の権威を行使すること自体が恥ずべきことと考えられるからのようだ。とりわけ朴槿恵元大統領の失脚事件によって、そうした風潮はかなり強まったと聞いている。
家と組織と国こそが秩序の源泉?
世界主要国の国民に「あなたにとっての国家とは?」と聞いたら何と答えるだろうか?
残念なことにこうした調査レポートは報告されていないようだが、推測するに、日本人の回答は自生活との距離が最も遠いような気がする。そう感じたのは、20年近く前に北欧を初めて訪れた時に強く印象に残った出来事があったからである。
ストックホルムの運河沿いのカフェで休んでいたら、赤ん坊を乗せたベビーカーを引いた若い男性が隣の席に座った。何気なく赤ん坊に目をやっていたら、気さくに話しかけられた。彼は育児休暇を取得中で、あと2か月間は子供の面倒を見ることになっていると言う。育児休暇が終わると、代わりに奥さんに子育てをバトンタッチするとのことだった。話し好きの彼は、遠くに見えるバルト海上に浮かぶ小さな島を指さし、「老後はヨットを買ってあの島に別荘を建てる」と楽しそうに夢を語った。「金持ちなのだね」と言うと笑いながら、「金なんかないさ、老後は国が面倒見てくれるから。そのためにせっせと年金を払ってはいるがね」と嬉しそうに言った、スウェーデンの税率は極めて高いことは知っていたが、自分の老後のためであれば高額な税金も苦にはならないだろうと思った。「政府は信じられるのか?」と聞くと、何をいまさらと言う顔をされ「もちろん100%信じているさ。だって“Our country”だもの、当然だろ。もっとも今の政権には不満もあるしあまり信じてはいないがね」と言われた。何気ない会話だったが、日本人の私との感性の違いがその時はっきりと意識できた。「あなたにとっての国家とは?」と問われると、“愛国心”とか“政治への信頼”などといった抽象的でチープな表現ばかりが浮かんでくるが、彼らは自分や家族を中心に国や政府を語ることが当然と感じている。どうやら、日本人の私は自分や自らの家庭や生活とは別の特別な存在として意識していたようだと感じた。
大学卒業後長らくサラリーマン生活をしてきた私には、国家だけでなく会社も自分とは異なる特別な存在として意識してきたように思える。会社(実際には上司)が発する命令は絶対的な力があり、好悪は度外視してそれに従うことが社会人の義務と考えていた。そのせいか、改めて振り返るとコンプライアンス上いかがなものかと思うようなかなり危ない交渉なども平然と行い、それを成立させたことで達成感と同時に一種の誇りのような感情さえ沸いたものだ。部下にも当然のようにそれに近い無理難題を押し付けてもきた。
八百万の神が存在する日本では会社も国も絶対的な神であり、立場が変わって仕える神が変わるといとも簡単に変節できることが“できる社会人”でもあったように感じる。だから、“鬼畜米英”を叫んでいた日本人が、戦争に負けるや否やいとも簡単に欧米型の価値観への大転換を成し遂げられたのではないだろうか。
つまり、日本人の根底には自分という個人が抱く価値観が、国や組織や立場といった他者によって決定づけられているような気がしてならない。
当然ながら、価値観を決定づける他者の側にも、それなりの権威の保持が必要とされる。それは、国で言えば万世一系の天皇を中心とした国体護持であり、組織で言えば知名度や過去の業績であり、官僚で言えば学歴であり、政治家で言えば地盤を形成する氏素性であり、上司で言えば過去の実績なのだろう。
そこで、考えなくてはならないのは、万世一系の天皇制や氏素性といった思想は当然のこと、知名度や過去の業績や実績や学歴などは過去に形成された遺物であることである。重要なのは、「これから何をして社会にどんな貢献をするか」であるが、残念なことにこうした将来のプランはあまり考慮されない現実がある。ベンチャー企業が銀行に融資を求める際にも、まず壁になるのは過去3年間の業績欄のようだ。できて間もない会社に書ける訳もない。いかに綿密な事業計画書を提出しても、参考資料以上の価値ももたれないと嘆く経営者が多くいるのを知っている。ベンチャー企業に限らず、会社内でも新規事業には冷ややかな目を向けられる傾向があるようだが、これでは新たなイノベーションが育つとは思えない。
過去を大切にする根底には、「これによって安定がもたらされてきた」といった安心感があるのだろう。言い換えれば、海のモノとも山のモノとも分からないことに対する漠然とした恐れであり、それより素性のはっきりしたモノに委ねることで秩序が保たれるといった日本人特有の感性が強く作用しているように思えてならない。
おわりに
以上、氏素性論から始まり日本人の秩序に関する考え方について思いつくままに書いてきたが、誤解していただきたくなのはこうした日本人の感性を決して否定したいわけではないということである。感性というものは、その国の長く培われてきた文化であり、それを否定するということは日本人としてのアイデンティティまでを捨ててしまうことになる。ここで主張したかったことは、日本人に培われてきた感性を意識したうえで、世界の急速な変化に対していかに折り合ってさらに発展を遂げていくかを考えていただく機会にしたかったということである。
もちろん、今後のために正しておくべきことが多々あることはその通りである。その最たる点を一言で言えば“個の尊重”であり、個人や個人の生活を中心に置いたものの見方だろう。
個人を中心に社会を見れば、国も行政も属している組織までもが違った見え方をするのではないだろうか?少なくとも、氏素性が正しいゆえにその家や相手を盲目的に崇拝し、それを絶対的なものとして認めることこそが秩序を維持することなのだといった考え方には変化が生じるのではないだろうか?自分と社会を対極的に見るのではなく、自分にとって何をしてくれるのかといった機能的な見方が醸成されれば、この国はさらに大きく脱皮できるような気がしてならない。