不幸な事日記 2024年9月2日
※こちらの内容はフィクションであり、作品中の登場人物の行動、性格などは、実在の人物とは何ら関係ありません。
今日未明、うちで飼っている愛猫3匹のうちの一番上、10歳の男の子、さすけが死んだ。
私が寝ていると、何やら家の中が騒がしい。
何事かと思って廊下に出ると、父が必死にさすけの名前を呼んでいる。
私は急いで父の部屋に行ったが、そこにはぐったりとしているさすけと何度も何度も声を掛けながら心臓マッサージをしている父がいた。
状況を理解できずにいると、すぐに母が飛んできて部屋に入ってくる。
すると父が佐助の方を見ながらこう言った。
「2回ほどぐえっ、ぐえって言った後、動かなくなった。多分毛玉が喉に詰まったんだと思う」
さすけは長毛種というほど長くはないが、決して短くもない。
そしてよく毛が抜けるので、ブラッシングは暇さえあればしていた。
さすけは見るからに意識がなく、呼吸もしていない。
もしかしたらと思って私がさすけの口に指を入れ、毛玉がすぐそこまで出かかっていないか確認した。
が、かなり奥まで指を入れても、喉に詰まっているものは見えない。
私はすぐにかかりつけの病院について調べたが、夜間救急は行っていなかった。
そう、今は草木も眠る丑三つ時。
こんな時間にやっている動物病院など、この田舎には存在しないのだ。
辛うじて見つけた病院は、ここから1時間以上も離れたところにある。
意識もない、息もしていない、脈拍も止まっている状態で、1時間の移動なんて考えられない。
かかりつけの病院は車で3分。
しかし、診療開始は午前9時だ。
私も父もさすけに何度も声を掛けるが、ぴくりともしない。
動いてはいるのだが、それは父が懸命に行っている心臓マッサージの反動だ。
母は呆然としていて、まだ事実を受け入れられていない。
母は静かにパニックになっているのだ。
私もなんとかして助けられないかと必死に声を掛ける。
何よりも食べることが大好きだったさすけに、ご飯食べようと呼びかけるが動かない。
頭を撫でられるのが好きで、手があるとすり寄ってくるさすけが、今は微動だにしない。
そこで、私は気付いてしまった。
さすけの頭を撫でている時、目が見えた。
さすけの目は、すでに瞳孔が開いている。
そうこうしているうちに、10分が経っていた。
父がもう1度さすけの口の中を確認しようと、私にスマホのライトで照らしてほしいと言う。
私はすぐに言われた通りにする。
その時、一瞬さすけの目に光が当たった。
猫の目だ、光が当たれば針金のように細くなるはず。
しかし、そうはならなかった。
そこで、私は改めて理解した。
さすけは、もう死んでしまったのだ。
心肺が停止して早10分。
瞳孔も開ききっている。
これは、完全なる『死』だ。
もし奇跡的にかかりつけの病院が受け入れてくれたとしても、もう遅い。
手の施しようがないのは明らかである。
それでも私は何も言わない。
もちろん父も、もうさすけが助からないことは分かっている。
その証拠に、父は私にこう聞いてきた。
「死んでから硬くなるまでにどのくらいかかる?」
私はすぐに調べてこう答えた。
「2、3時間」
「そうか、ならそれまでずっとしようか」
何をするのか。
心臓マッサージだ。
頭では分かっている。
さすけはもう戻ってこない。
けれどもしかしたら、もし仮に、ひょっとしたら。
そんな思いから止められないのだ。
そこからは、ただただ心臓マッサージが続く。
絶対毛玉だね、朝のご飯もまだ食べてないのにね、もう1回けぽってしてごらん。
私も父も、母もそう言いながら時間は過ぎていく。
そして、さすけに異変が起こって1時間が経とうという頃。
「あ、うんち出た」
「ん?」
「ころんころんのうんち出た」
父がそう言うので、私はさすけに近付く。
するといつもさすけが愛用していた、猫ベッド代わりの買い物かごに敷いてあるタオルケットに、小さく転がったうんちと、黄色いしみ。
それが何を意味しているのか、私も父もすぐに理解した。
筋肉が弛緩したのだ。
これでもう、さすけが絶対に戻ってこないことは確定した。
それ見た父は、こう言わざるを得ない。
「もう止めようか。な、さすけ。もう止めようか」
それからすぐに、父は心臓マッサージを止めた。
時刻は午前3時。
さすけは、虹の橋を渡ったのだった。
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