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【憑き物怪異帖】「開かずの間 3」
結局、洋二に丸め込まれた勇弥は釈然としないまま、先程まで話をしていた客間に戻ることになった。
どうやらその部屋が今夜の宿になるようで、洋二は勇弥を案内すると部屋の外で静かに頭を下げる。
「こちらをお使いくださいませ。
食事の用意をいたしますので、何かありましたら遠慮なくお声かけください。
台所におります」
そう言って立ち去ろうとする洋二を引き留め、勇弥は念のために許可を求めた。
「あー、はい。
あの、家の中を見て回っても?」
「はい、ご自由にどうぞ。
では、失礼いたします」
何事もなく頷いて去っていった洋二を見届けると、勇弥は深いため息をついて天井を見上げる。
「……。
来るんじゃなかったぁ~。
まーじかぁ……。
入り口のない『開かずの間』に、毎晩する丑三つ時の物音。
父親の異常行動に、うようよいるお手伝いさん。
……まーじかぁ。
この間取り図もなぁ、信憑性に欠けるんだよなぁ。
何この、まるで中庭ですーみたいな描き方。
こんなの誰が見ても勘違いするでしょ。
あー、くるんじゃなかったぁ~」
ひとしきり愚痴を吐き出すと、しばらくぼーっと天井を見つめる勇弥。
その後すぐに立ち上がると、気合いを入れるように短く息を吐いた。
「さて、許可も得たことだし、見て回りますか。
えーっと、最初は鬼門からっと」
そう言って用意された客間を出て行くと、この家の鬼門から散策した。
しかしそこはただの壁で、間取り図を思い返してみても特に何かある訳ではない。
開かずの間側の壁にも何もなければ、その反対側の壁はただの広い部屋だ。
問題がないと判断した勇弥は、そのまま反対側の裏鬼門へと足を運ぶが、もちろんそこにも何もなかった。
開かずの間側は壁で、その反対側は広い部屋だ。
こうも何もないと手の施しようがないのだが、ここで諦めるというのも暇すぎる。
そう考えた勇弥は、今度は無差別に片っ端からこの家を見て回る。
しかしその甲斐虚しく、特に何かの手掛かりを見つけることなく、開かずの間の扉があるだろうところに戻ってきてしまった。
開かずの間に向かって立った勇弥は、さて、と腕を組んで独り言ちる。
「めっちゃお手伝いさんとすれ違うじゃん。
妙にくっきりしてんだけど、これ生きてないの? まじで?」
散々あちこちと見て回った勇弥には、この家が廃墟にしか見えていなかった。
最初にこの家を見た時からそうだったが、今はもう到底人が住めるような状態ではない。
梁は落ち、壁もところどころ崩れていて、廊下は抜けているところがたくさんある。
柱は苔が生えているところもあれば、虫に食われて倒れているものもあった。
とにかくとんでもない有り様で、依頼を受けなければこんなところに来ようとも思わなかっただろう。
そこに泊ることになったうえに、早く切り上げて帰りたいと散策をしてみれば、この家に巣食っているであろう人ならざるものにじろじろと見られる。
足元が透け、宙に浮いている様を見なければ、今まさにそこに居るかのようにはっきり見えるその人ならざるものたちに、勇弥は思い切って話しかけてみることにした。
「あ、あのー、ちょっとこの開かずの間について聞きたいんですけどー……」
それまで勇弥のことなど気にせず、家の中を漂っていた人ならざる者たちは、声を掛けられた途端に散り散りになっていく。
その際にしっかりと勇弥のことを睨みつけるのを忘れずに。
「お手伝いさん、普通に振り返るし何なら睨まれたんだが?
何これ、泣けばいい?
……とはいえ、鬼門に当たる部屋も何もなかったし、やっぱりこの入り口のない開かずの間の中だよねー。
さてさて、本来入り口のはずの場所は……。
……あー、まさか、まさかね。
この配置だとなんだか……」
実際に案内された時には意識していなかったが、よくよく考えてみるとある1つの考えが浮かぶ。
それを思い描きながら後ろを振り返った勇弥の目の前には、洋二がいた。
「八神様」
「はいっ!」
その思わぬ距離感に、勇弥は口から心臓が飛び出しそうになる。
それをなんとか堪えながら返事をすると、洋二は静かに頭を下げながら淡々と言う。
「お食事の準備が出来ましたので、お部屋にお運びいたします。
冷めてしまう前に、お部屋にお戻りくださいませ」
「あ、はーい……」
言うだけ言うと台所に引っ込んでいく用事の背中に、虚しく返事をする勇弥。
洋二の姿が見えなくなったところで深いため息をつくと、割り当てられた客間にすごすごと帰っていくのだった。
それからすぐに洋二が2つの膳を運んでくる。
どうやら洋二も一緒に食事をするようだ。
本来のもてなしからすればありえないことだが、いろいろと聞きたいと思っていた勇弥からすれば好都合だ。
静かな、それでもかちゃかちゃと食器を扱う音だけが聞こえる空間で、ふいに洋二が口を開く。
「それで、何か分かりましたでしょうか」
洋二が食事の支度をしている間、この家の中を見て回っていた勇弥は腕を組む。
「うーん……。
その前にお聞きしたいんですが、この家は昔、寺社仏閣に関係したことを生業しておられましたか?」
「いえ、そんな話は聞いたことがありません」
「そうですか……」
困ったように唸る勇弥に、洋二は先を促す。
「他に、何かお聞きになりたいことはありますでしょうか」
「そうですねぇ。
この家に関する備忘録のようなものが、あれば拝見したのですが。
なんというかこう……何年に誰が生まれたー的な日記みたいなものです」
手で大きさを表しながら洋二に尋ねると、難なく頷いて見せた。
「はい、ございます。
膳を下げましたら、すぐにお持ちいたします」
「ありがとうございます。
……ごちそうさまでした」
洋二が食べ終わりそうなことを確認した勇弥は、ままごとのように食べる真似をして箸を置く。
それを見た洋二も同じく箸を置き、会釈をして勇弥の前の膳を片付けるのだった。
「お粗末様でございました。
では、今しばらくお待ちくださいませ」
「あ、はい」
2つの膳を持って部屋を出て行った洋二は、しばらくの間戻ってこなかった。
その間に勇弥はこの家に来てからのことを考える。
この家には依頼があったから足を運んだ。
その依頼主はこの家の家主で、もうずいぶんなご老体のようだ。
この家がいつまでも取り残されることになるということで、死んでも死にきれないと勇弥に依頼をしてきたらしい。
依頼書には必死な願いばかり書かれていて、この家の詳細は書かれていなかった。
しかしその必死さに動かされ、よせと言われても来てしまったのだ。
そこまで考えた頃に、洋二が古い和本を持って戻ってきた。
「八神様、お持ちいたしました」
「はい、どうも」
「こちらでございます」
渡されたものは思っていたよりも古く、扱い方を間違えればすぐにでも読めなくなってしまいそうだ。
勇弥はそれを慎重に受け取って、にこりと笑って見せる。
「ありがとうございます。
では、こちらを拝見しながら少し考えますので、後は物音がする頃に」
「承知いたしました。
では、その頃にお迎えに上がります」
「分かりました。
……さて、今日は徹夜かな?」
あっさりと部屋を出て行く洋二を視界の端にとらえながら、勇弥は笑顔を崩さない。
そしてしっかりと洋二の姿が見えなくなると、袖を巻くって気合いを入れる。
恐らくこれから頭を使うことになるであろう事態に、少しわくわくする勇弥なのだった。
「開かずの間 4」へ。