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人に「もっと~しなよ」と言っても良いことはない
ヴァンパイア・ダイアリーズ,デイモン・サルバトーレ
弟ステファンとの長くつらい過去を持ち、人間を襲うことに罪悪感を覚えない危険なヴァンパイア。15年ぶりにステファンの前に姿を現し、「お前を苦しめるという誓いは守る」と宣言する。その理由は、かつて愛したキャサリンに関係があった。そして1世紀以上前にサルバトーレ一族が住んでいたこの町を破滅させることをもくろみ、またキャサリンと瓜二つのエレナの気を引こうとする。エレナの同級生キャロラインの血を得るために、暗示をかけて恋人同士を装う。
ESTPにみえるヴァンパイア・ダイアリーズのデイモン・サルバトーレ。ドラマをずっとみていて、私は結構この男に共感したり賛同することが多かった。
ちなみに自分はENTJだけど、このデイモンを最初に苦しめた張本人キャサリン・ピアーズのタイプとめっちゃくちゃ被ってるのはここだけの話にしてほしい。なんか、こういう好意に気付きながらもあしらって想いに応えない感じ心当たりがあってグサッときた。すごく無垢にキャサリンに惚れ続けてたのに……覚えがあるだけに、観てるとすごい罪悪感あるから余計デイモンが可哀そうに見えて擁護したくなるのかもしれない……。これはファンタジーフィクションだからキャサリンは過激だけど……。キャサリンもキャサリンで同情する過去なんだよね。
主人公のエレナがデイモンに対して、もっと自分の気持ちに素直になって、という風なことを言うんだけど、デイモンは別にわざわざ悲しい気分を引き摺っていたくないからこそ、そういう空気感に対してすごい嫌そうなそぶりをして、別のことで気分を紛らわそうとしたり、一人になろうとしているのだ。
それなのにそんな彼の行動を否定してまで、まるで悪者のように言い、感情を感じることを押し付けるという典型的なFとTの対立の図。まあ要は、
「アンタ最低!」「人でなし!」とか言ってる方も結構最低かもよ
って話。
吸血鬼の冷たい心
私は女性だし、幼いころから団体スポーツ、学童、学校生活、サークルなどで集団生活を多く経験してきた。当然周りは女性だらけなことが多かったし、かといって男性ともすぐに仲良くなる方だ。私自身があまり性差を気にしない質なので、性別に関係なく誰とでもフランクに関わる。
集団生活の中で、共感コミュニケーションを求められる世界で生きてきたからかもしれないが、ENTJでTが主要寄りでありつつも人の気持ちは理解できるし、想像できる。感情に配慮してほしいと思っている人間が多いことを身をもって体感してきたから、できるだけそういう人に配慮することを心がけて生きてきた。だから、いくら私個人は感情を重視しないからといって、他人が悲しんでいるのに水を差して無理やりやめさせようなんてしない。彼らは彼らで感情を大事にしているのだから、それはそれでいいことだと思う。
けれど、感傷に浸るのが正義であり真の人間らしさだ、とさも感情が正義であり、それを重視しない側の立場の人間は悪魔だとでも言われようものなら、それにはハッキリ"NO"を突きつける。
こういったことを押し付けられることは結構あると思う。説明するのが面倒なのでその場ではさらっと流すが、正直いい迷惑だと思ったことが過去に何度もあった。
私は葬式でもしけた面をしていたくない。人は死ぬし、病人ならなおさら、この人がいつか死ぬという覚悟はずっと前からしている。もちろん元気な頃を思い出して泣くことはある。でもそれは、ごく自然に内側から生まれた自発的なものだ。
感情は他人に強制されて感じるような薄っぺらいものではない。
他人が干渉してくる時点でそれは洗脳でありコントロールであり、はっきりいって余計なお世話なのだ。
デイモンは、ヴァンパイアであり、100年以上生きている設定で、この世界感ではヴァンパイアは感情を切り捨てる選択をとることが可能だ。デイモンはとうの昔に感情や罪悪感というものを捨てている。おそらく今の人格が形成されたのは、ヴァンパイアにされ、感情を捨てたことが大きな要因だ。
そして、感情を切り捨てたのなら、元々感受性が豊かだったということだ。元々無いなら捨てる必要もないからだ。デイモンのふるまいや言葉の端々から、すぐにそういう背景なのではないかと言うことは読み取れた。
デイモンは陰気な雰囲気とか人の死に対してかなり冷静であり、慎ましくみんなで感傷に浸るみたいな行為をものすごく嫌っている描写が何度か見られた。人の死に対して何とも思わないのはヴァンパイアかつ感情を捨てているから考慮しないとして、陰気な雰囲気に浸るのが嫌いなのは私もすごく理解できたし、私も現実でそういう雰囲気を避け、デイモンのようにピエロを演じがちなところがある。
一方、現在の時間軸でヴァンパイアにされたキャロラインは、人に手をかけてしまうことに非常に動揺し、恐れ、激しい罪悪感が襲い掛かっていた。
であるなら、彼にもそのような時期があったであろうことは容易に想像がつく。ヴァンパイアにされたとて、誰しも皆はじめは冷血族ではなかったのだ。苦しみを手放す選択は生存戦略であり、悪いことではない。
ヴァンパイアであることは棚に上げておくとして、みんなで一緒に暗い感情に同調しなきゃいけない感じとか、無理やり自分の気持ちに気付かせようと周りが押し付ける感じとか、お涙頂戴な雰囲気に取り込もうとしてくる感じとか、すごく嫌で拒絶したいところにすごく共感できる。
デイモンは自分の感情に疎いのではない。むしろ、自分で気づけているからこそ、この場の雰囲気にのまれないように行動しているだけだ。
笑いたいときに笑い、泣きたいときに泣く。当然のことだ。
哀しみを感じていない(ように見えるだけの)様を他人が見て、感情を感じられていないだとか、気持ちに嘘をついているだとか、心の無い野郎だとかでレッテルを張られ批判される現象に、私は無性に腹が立つ。
「自分たちは気持ちに敏感で人に優しく寄り添うのだ」という体裁を武器に、周囲に同調しない者や感情表現の乏しい人間に圧力をかけているのだ。
本当に人の気持ちを理解したり想像することができるのなら、そんな風に押しつけがましく来られると鬱陶しく感じるかもしれないと、少しは想像できないのだろうかと、ドラマを見ていて思ったという話。
でも、こういう「人の気持ちを考えなよ」と言われる状況はリアルにあるから困る。
私も最近そう言われる場面があったが、ならそちらは私の気持ちを考えられているのでしょうか、と言い返しそうになったのをぐっとこらえた。どうせ考えられていないだろうから反抗しても意味はない。
そもそもだが、別に考えてほしいとも思っていないし、他人にそんな面倒なことを求めたことはない。
なぜ他人の感情にまでわざわざ配慮しなければいけないのか、と常々思う。自分の機嫌くらい自分で取ってほしいし、自分のメンタルは自分で鍛えるべきだし、自分の機嫌の悪さや不調や喜怒哀楽を、他人のせいにするんじゃねえと思うわけだ。
こんなことを言っていると、そんな厳しいことは元々強い人だから言えるのだ、と言われるのはわかっているので、面と向かって言うことはないが、こういう風に思う人間もいることを発信したいから記事にした。
ほら、そんなこと思ってしまう時点で、もう既に人の気持ち考えられてないんじゃない?
強い人が元々強いだなんて、その人を知らないから勝手に決めつけられるのだ。それで人のことを考えられているだなんて、笑わせんなって話。
よく見かける、矢の刺さった絵で比較される人間のキャパシティの風刺画があるが、まさしくあれなのだろう。たぶん私も、人よりキャパシティが大きいと思うし、他人は他人だから、そこまで深く干渉しようという気がそもそもないからこそ、こう感じているのだと思う。
私は自分が必要だと思えば自己開示するし、感情も表現する。
それをしないのは私が必要ないと判断してるからなのであって、あなたにはその姿を見せたくないだけなのだと、想像できる人が増えてほしいと切に願っている。
心を開いてほしいという欲求はわかるが、そういう独りよがりは、往々にして余計に溝を深めることになりかねないので気を付けたほうがいい。そういうのがヘタな人間が多いから、世の中に感情型と思考型の対立みたいな構造に至るのだろう。どちらの性質も理解することは、自分がどちらの立場であるかを判定する以上に大事なことだ。
人の気持ちを考えられていないのはどちらなのか、相手に感情をぶつけたり、感情的な表現を引き出そうとする前に、一度冷静になってみてほしい。
ひとりひとり違う人間で、全く違う人生を生きてきたのだから、自分がされて嬉しいことが相手も必ず喜ぶとは限らない。
処方箋は一人一人異なるのだ。
Q,芥川
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