⑪自分を使うリスク
〇皆さんこんにちは。ここでは初心者の方にも分かりやすく、順番に演技のことについて説明していきたいと思っています。演技の勉強をしたいという方はぜひご参考になさって下さい。
〇今回のテーマは「自分を使うリスク」です。
人前で自分をさらす
〇前回、役者は自分自身を使って役を演じるのだというお話しをさせていただきました。実はここにもひとつ、役者が噓に見えない演技をする上での難しさ、ハードルが存在します。自分自身を使って、自分の感性を使って演技をするということは、人前で自分をさらすことにもなるからです。
日頃の人前での行動と、人前で演技をすることの違い
〇普段私たちは人前で動いたり話したりしていますが、よほど慣れ親しんだ相手でなければ、人前ではその場その場にふさわしい自分を演じてふるまうのが普通です。ごく親しい家族の前であっても、部屋で自分がひとりでいるときとは違った姿で接しているかも知れません。
※心理学では「ペルソナ(外向きの仮面)」という言葉を使ったりもします。
〇私たちは子供の頃からだんだんに社会性を学び、よそに行ったらこうだとか、お客さんの前ではこうだとか、知らない人に対してはこうだとかいうように、その場その相手にふさわしい態度・言動をとるように訓練されてきています。また、誰だって自分をよく見せたいという気持ちがありますから、自分のかっこ悪いところ・嫌なところは隠して見せないようにしようという意識も働きます。ありのままの自分をさらけだすことは少ないのです。
〇これに対し、役を演じる場合は人前でありながら、一人でいる場面では一人でいる姿を、恋人とふたりきりの場面ではそういう姿を見せなければなりません。
〇良い台本なら人の表面的な姿だけでなく、内面や普段見せない心境などもしっかり描いていますから、役者はそういうところもしっかり演じる必要があります。
人前にさらすのは他人ではなく「自分の感性」
〇前回説明させていただいた通り、人前で演じている姿は自分の感性を使って演じられた役であり、普段とは違った自分の別の可能性のひとつとも言える姿です。人前で演技をすることで「役の姿」をさらすということは、役者にとって自分の感性を人前にさらすということなのです。これは大変です!
例:やわらかい部分を隠したい
〇例を出して考えてみましょう。例えば一般に男性の方は、人前で自分を男らしく見せようとする傾向があります。
〇以前マネージメントの仕事に関わっていた頃、興味深いなと思ったエピソードがあります。たくさんの写真の中からプロフィール写真を選ぶ際、男性に自分で選ばせると、たいがいはなるべくキリッとしていて真剣でこわい顔の写真を選ぶのですが、同じ写真の中から女性に選ばせると、たいがいはなるべく優しく笑った、やわらかい表情の写真を選ぶのです。自分で気に入るものと外から見て好まれるものの違いということもありますが、男性は自分を強く見せたいものなのだなあと改めて感じました。
※ちょっと別の話しになりますが、初心者がカメラの前でリラックスした柔らかい表情をするのも難しいことです。それができることで、役者は自分の本当の魅力をもっと発揮することができるようになります。
やわらかい部分の魅力
〇そんなわけで初心者の男性が演技に挑戦する場合、男らしい戦闘場面やケンカの場面、どなったり叫んだりするセリフは喜び勇んで演じたがる人が多くても、優しく柔らかい表情で動物や草花を愛でたりするような場面は苦手で二の足を踏む人が多かったりします。本当はやわらかいところも見せられた方が大変魅力的なのですから、もったいない話です。
〇例えば鬼のように厳しく恐れられている剣道の先生の役がいたとして、最初から最後まで登場するたびにずっと怖い顔ばかりしていたのでは面白くありません。普段は怖い先生なのに、ふとしたときにとても優しい目で主人公を見守ってくれていた、といった場面があると、そのキャラクターの深みはぐっと変わってきます。皆さんはぜひそういう演技ができる役者になって下さい。
普通は警戒して出さない部分
〇しかし、やわらかいということは無防備で無警戒だということにもなります。人は普通本当に優しい表情を、誰にも彼にも見せるものではありません。本当に安心できる信頼関係のある相手、家族や恋人やペット等を前にしたとき、人は心を開いて本当にやわらかい部分を見せるものです。
本来隠している部分を見せる!?
〇人が自分を守るために隠している部分、見せたくない一面を人前にさらす。それはきちんとした演技をするためにさけられないことではありますが、精神的苦痛を味わったり、心を傷つけてしまったりするリスクがありますので、慎重なやり方で訓練や稽古を進める必要があります。
普段んの自分が見せたくない、恥ずかしいところをどう見せる?
〇例えば分かりやすいところで、恋人から電話がかかってきてデレデレになって思わずスマホにキスをしちゃう、という場面があったとします。おじさんの私としては、自分がそんなことをしているのをちょっと想像しただけで恥ずかしくてたまりませんが、若い皆さんだっておおぜいの前でやれと言われたらちょっと大変なのではないでしょうか? さて、どうしましょう。
①良くない役者は、わざとらしくクサイ演技に逃げます。
〇自分自身の感性を使って自分としてやってみせるのは恥ずかしいので、大げさにいかにも演技らしくクサイ演技をすれば、それは演技でやっているのだと観ている人に分かってもらえるので自分は安全です。「今私はあくまで演技で嘘やっているので、役者の私自身がこういう人なのだとは思わないで下さい」と宣伝しながらやっているようなものです。そういうやり方で場面を成立させる方法もあるかも知れませんが、「嘘に見えない自然な演技」を目指す場合は正反対のことになってしまいます。
②気の毒な役者は、恥ずかしさを我慢して無理やり演じます。
〇真面目な若い役者さんにはありがちなことですが、「役者は精神的に裸にならなければいけないのだ!」「壁を作るな、もっとオープンになれ!」などと言われ、恥ずかしいのを我慢して無理やり台本通り、演出通りに動こうとする人もいます。
〇自分の心を犠牲にして恥をかきながら果敢に演技に臨んでいるわけですが、頭ではやらなければと考えていても本心ではやりたくないので、その気持ちが全身にサイン(体が緊張する等)として表れます。これでは観客には「恥ずかしいのに無理をして」「見せたくない・見て欲しくないのに我慢して」やっていることの方が強烈に伝わってしまいます。
〇楽しく魅力的な場面であったはずなのに、残念ながら観客も見ていて恥ずかしく、目をそむけたくなるような場面になってしまうわけです。
〇演技としての成果も得られず、心にダメージを負うこのやり方は、皆さんには絶対選んで欲しくありません。
③上手な役者は自分自身や相手役(さらには観客)の許可をとりながら、築いた信頼関係の中で演技をこなします。
〇プロの現場では、初めて行ったスタジオで初めて会う監督・相手役とすぐさま演じなければならない、といったことにも対応していく必要がありますが、それは十分に訓練や経験を積み、自分の身を守る手段を身に着けた俳優さんだからこなせることです。
〇若い皆さんは無理をせず慎重に、お互いを大事にしながら少しずつ訓練や稽古を進めていって下さい。
※この、「許可をとりながら信頼関係を築く」ということについては、また別の機会に詳しくご説明したいと思います。
〇言いたくないセリフを無理に言ったり、やりたくない場面を無理に演じたりすればそれらはもちろん「嘘に見える演技」になります。初めのうちは無理をせず、やりたくない台本、やりたくない役は避けて、自分たちがやりやすい題材を選ぶのが安全です。
自分の感性を使う演技は危険性も伴う
〇嘘に見えない自然な演技を目指すことは素晴らしいことですが、デリケートな自分の内面、人としての深い部分に関わってくるため、下手なやり方で稽古や訓練をしてしまうと危険な場合があります。
〇当たり前のことのようですが、仲間同士、真面目に演技や作品づくりに取り組み、お互いを尊重して相手の嫌がることはしない、嫌なことはきちんと断れるといった健全な環境がとてもとても大切です。上手な役者になるために、人に興味を持ち、人を大事にして、人を愛せる人になって下さい。大切に愛すべき人は相手役やお客さんだけでなく、もちろん自分自身も含まれています。
〇今回は「自分を使うリスク」ということをテーマにお話ししてみました。皆さんの演技力向上にお役立て下さい。
〇演技について学ぶべきことはたくさんあります。今後も少しずつだんだん情報をお伝えしていきたいと思っておりますので、焦らずリラックスしながらお読みいただき、ご参考にしていただけたらと思います。ご質問等ありましたらお気軽にご連絡下さい。
※情報はどなたでもお読みになれるよう無料公開させていただいておりますが、無断での転載や引用等はご遠慮下さい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?