黄色い安全ピンと刑事法
~法律擬人化で法律に親しむ~
§ 本日の話題 §
甲は、「痴漢を安全ピンで撃退した」事例を知り、「黄色い安全ピン」を女性に配布して身につけさせることで痴漢抑止のシンボル(実際に痴漢被害に遭った場合は護身のために使用する)にしようと考え、大量に黄色い安全ピンを入手し、SNS上でその配布を宣言して不特定多数に協力を求めた。
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◆まずは「所持(携帯)」について
刑法「犯罪抑止目的であれば、混雑した車内でも周囲の者に見えやすいサイズの方がいいのではないかと思ったんだが、そうなると随分と大きな安全ピンになる。例えば針の長さが6cmの安全ピンは銃刀法的に問題あるのでは?」
銃刀法「私としては問題ありません、そもそも針は『刃物』ではないので」
刑法「針だって刺さるだろ」
銃刀法「はい、針は刺突して使用するものです。私が禁じているのは、刃……つまり、薄くて鋭利な辺をもち、これにより切る機能を有するものです。刺突を目的とするアイスピック、千枚通し等は『刃』がないので刃物ではないんです」
刑法「じゃあ、銃刀法と同趣旨で補充的な役割の軽犯罪法の1条2号凶器携帯の罪は?」
<軽犯罪法第1条第2号(凶器携帯の罪)>
正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者
軽犯罪「本件は該当しないよ~『隠して』ないから☆」
刑法「む、そうだったな」
犯捜規「でもさっき刑法さんが言ったようなごっつい針だと車内に持ち込まれるとちょっと怖いっすね……」
刑法「あ、車内危険物持ち込み禁止ってアナウンス流れるよな?」
鉄道営業法「危険物持ち込みについては罰則規定ありません」
犯捜「刃物に該当しないなら……ごっつい安全ピンは凶器に該当しません?」
刑訴「あっ、ダメ、兄さんの話が長くなっちゃう……」
刑法「凶器とは!本来の性質上人を殺傷するために作られた『性質上の凶器』と、用法によっては人の生命、身体または財産に害を加えるに足りる器物『用法上の凶器』!」
犯捜「その用法上の凶器って分かりにくいです。どんなものでも使い方次第で危害加えられるんで…」
航空法「ほんとそれです……」
刑法「用法上の凶器か否かの判断基準は、人を殺傷する用具として使用される外観、社会通念に照らし、ただちに他人をして危険感をいだかせるに足りるものといえるかどうかだな!」(最判S47.3.14ダンプカー)
刑訴「ぶっちゃけ、事例ごとに検討することになるんだよ」
医師法「針刺しと聞いて!安全ピンの針先が不衛生な場合(不特定複数人を刺した等)や、感染症のリスクがある安全ピンは凶器か?」
刑法「ふむ……それって見た目にわからないだろ、それに本件(電車内の痴漢)で想定される状況では、やはり安全ピンは『ただちに他人をして危険感を抱かせるに足りるもの』とまではいえないだろう……安全ピンを眼球に突き立てようとするならまだしも」
犯捜規「……(物騒な話になってきたなぁ)」
医師法「毒物を塗布していても?」
刑法「致死性の毒物なら殺人予備罪」
医師法「致死性じゃなかったら?」
刑法「傷害罪には予備罪はないから…」
犯捜「……すみません、俺から凶器ネタ振っておいてアレですけど、刑法さんの言う凶器って凶器準備集合罪の『凶器』ですよね、他の……集合とかの構成要件は該当しない…検討する必要なかったのでは」
<刑法>
(凶器準備集合及び結集)
第二百八条の二 二人以上の者が他人の生命、身体又は財産に対し共同して害を加える目的で集合した場合において、凶器を準備して又はその準備があることを知って集合した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
2 前項の場合において、凶器を準備して又はその準備があることを知って人を集合させた者は、三年以下の懲役に処する。
刑法「気づいてしまったようだな…オレも途中で気づいた」
刑訴「二人以上が集合……同じ通学通勤電車に乗る人々だとクリアしちゃうかもね!共同加害目的……痴漢迎撃目的でもクリア!集合させた……は、甲が時間場所を指定して募ってるわけではないから無理かな!」
刑法「と、検討しても、安全ピンは通常は凶器に当たらないから、凶器準備集合罪も成立しない」
◆次に「いざ、安全ピンを刺した場合」について
医師法「それじゃ、針刺しはどう評価するんだ?お前、俺が注射してやるときいつも医的侵襲行為とか騒ぐくせに」
刑法「勿論、針刺し行為自体は違法だ、ごく浅い刺傷なら傷害とは認められないがな。暴行にはなる。だが、」(※論点:「傷害」とは)
刑訴「痴漢行為から逃れるためにするから正当防衛(刑法36条)って話でしょ、違法性が阻却される」
医師法「医師の注射……医的侵襲行為は正当行為だよな(刑法第35条)」
迷惑防止条例「『公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れる』……」
刑法「……という『急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした』に該当するなら、正当防衛となる」
※言いかえると痴漢から脱した状態で追跡して針を刺すのはアウト。容易に痴漢行為を制止できる、痴漢から逃れられる状況である場合も…
犯捜「痴漢と間違えられて刺されたってツイート見かけましたが、その場合は?」
刑法「それは誤想防衛で処理する。つまりは過失犯※だな、刺した結果…ごく軽微な刺傷を超える結果で『傷害』だと認められたら過失傷害罪だ。ちなみに、過失暴行罪は規定がないからな」(※法的構成に議論あり)
刑訴「兄さん待って、今の説明だと語弊があるよ。『痴漢と間違えられて刺された』には2種類ある、①痴漢行為と間違えられた(痴漢はいない)、②痴漢の手と間違えられて刺された(痴漢はいる)」
刑法「そこに気付いてしまったか……①は先に言った誤想防衛で処理するケースだな。②の場合は、法学部の皆がよく知る教科書事例だ。正当防衛をしたら無関係な人に害を与えてしまった……これは緊急避難(刑法37条)で処理することになる」
刑訴「②の場合は違法性阻却されるってことだね」
医師法「安全ピンの針先をわざと汚損したり、毒物を塗布してぶっ刺して痴漢に重傷を負わせた場合は?」
刑法「過剰防衛(刑法36条2項)かな。注射針持ちながら言うなよ怖い…」
刑訴「兄さん、そろそろオチをお願いします」
刑法「……今回の検討で、針がどんなに長くて太くても、銃刀法の取り締まる刃物には該当しないんだなぁと知ったのがオレには収穫だった。でも、言われてみれば、針は刃じゃないよな。うん。あと、航空法が初登場したけどイケメンだった。以上、解散!」
刑訴「え……収穫少な(どん引き」
***今回登場した法律等***
刑法(刑事法のトップ)、刑事訴訟法(刑法の弟)、銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法)、軽犯罪法、犯罪捜査規範(犯捜規)、医師法、航空法、迷惑防止条例(都道府県+αの数だけ存在するので今回は代表として東京の迷惑防止条例に登場願っている)
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