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INSPIRATIONS: 自然とデザインをつないで考えるためのヒント 9月

自然とデザインをつないで考えるためのヒントをピックアップする「INSPIRATIONS」。新旧問わずに、デザイン、アート、ビジネス、環境活動、サイエンス等の領域を横断し、ACTANT FORESTメンバーそれぞれのリサーチに役立った、みなさんにお薦めしたい情報をご紹介します。


01:参加型デザインにノンヒューマンなアクターを取り入れるアプローチ

アールト大学デザイン学部のEmilija Veselovaによる博士論文がオープンアクセスで閲覧できる。ACTANT FORESTのコンセプトと共鳴するそのタイトルは「Designing with Nature for Sustainability」。コ・デザインあるいは参加型デザインを下敷きに、人間以外の種をどうステークホルダーとして巻き込むことができるか?という問いを丁寧に掘り下げた論文だ。参加型デザインは、技術主導から人間中心のデザインへの移行を支えたアプローチのひとつであり、プロジェクトに多様なステークホルダーが参加することを目指すものだが、「ノンヒューマン」なアクターは排除されている。一方で、自然のアクターを扱う研究者の多くは、それらをどのようにステークホルダーとして特定するのか記述しきれていない。そこで、この論文が試みているのが、多種のステークホルダーとそのニーズを特定するためのガイドライン構築だ。デザイナーは、なぜデザインに人間以外の自然界のステークホルダーを含めるべきなのか?、また、含める場合にはどのようにアプローチすればよいのか?といった問いを設定し、どのようにサステナビリティに貢献できるかを探求している。興味深いポイントは、人間がつくり出したシステムと、自然の要素が絡み合ったシステムとの相互関係を取り入れることが大切だと唱え、参加型デザインとシステミックデザインを接合している点だ。こうした考え方は、人間のニーズを満たすソリューションを開発する一方で、ノンヒューマンな自然のステークホルダーのニーズを考慮することにもつながるだろう。自分たちが森での実践を通じて経験的に感じていることを体系的にまとめてくれているようで参考になる。過去論文を漁らねば。

02:人は、植物に関心を持つことが難しい

「PAD(Plant Awareness Disparity)」とは、人間が植物へ関心を向けることの難しさの総称だそうだ。人は、動物には愛着や興味を示すが、植物には関心を持ちづらく、個々の植物の違いについても無頓着だそう。言われてみると、確かにそうかもしれない。ならば植物と動物や昆虫を組み合わせた画像を使って、人々の植物への愛着を高めることができるのではないか?という仮説のもと、238人のスロバキア人に対して実験が行われた。この論文によれば、花を咲かせる植物と受粉を媒介する昆虫や動物(鳥、コウモリ)が一緒に写った画像を見て「植物を魅力に感じるか、守りたいと思うか?」を調査したところ、特に鳥とコウモリが一緒に写っている場合、魅力度スコアが上がったそうだ。昆虫では逆に低下することもあった。結論としては、PADの緩和に期待していたような効果は認められなかったものの、著者たちは、動物と植物の相互作用に関する好奇心を刺激することで、植物への関心を高めることができるのではないか、という示唆が得られたと主張している。例えば学校教育で、植物と動物や昆虫の関係を伝えることで、植物を守りたいという気持ちが高まる(かもしれない)ということだ。これはおそらく文化的な背景にも起因しているだろう。日本より植物への親しみが内在している文化や環境もあるかもしれないが、自分自身、動物や昆虫は幼い頃から名前を覚えたりコミュニケーションを取る機会が多かった一方、植物はそうでもなかった。ACTANT FORESTの活動を始めてからは、樹種や草花の名前を覚えようと努力してきたが、どうにも記憶に定着しないと感じていた。だが、この研究を読んで納得がいった。文化慣習と認知の問題だ。僕はPADだったのか。ひとつ前の記事(アールト大学の博論)にも詳細な記述があるが、人間に恩恵をもたらしてくれる人間以外のステークホルダー(=植物)への関心を高めることは、我々の活動にとっても、気候危機を乗り越えるためにも重要なことだ。心して頓着していこう。

03:生物多様性ファンドにおける「指標」の課題

ESG投資やグリーン投資など、持続可能性をテーマとした投資の中で、生物多様性に焦点を当てた「生物多様性ファンド」が投資家の間でトレンドになっているそうだ。2022年にいくつもの生物多様性ファンドが登場したが、問題は、企業活動による「生物多様性への影響」をどう評価するのか、まだ基準が確立していないことだ。炭素排出量というわかりやすい指標がある気候変動とは異なり、生物多様性の場合は、生物種の数、土壌の状況、水の問題など、数多くの指標が考えられる。すでに組成されたファンドがいくつかのアプローチを試しているが、例えば、ユーロネクストのESGユーロ圏生物多様性リーダーズPABインデックスでは、「種の存在量(MAS: Mean Species abundance)」で生物多様性のレベルがどう変わったのかを指標として使っている。しかしこれだと、そもそも生物多様性とほとんど関係のない事業を行うハイテク企業の評価が高くなってしまう可能性がある。他方、実際に生物多様性を向上させる「ソリューション・プロバイダー」に絞って銘柄を揃えているところもある。フィデリティの持続可能な生物多様性ファンドでは、ソリューションを提供する企業と同業他社よりも優れている企業を組み入れている。だが、生物多様性ファンドは、安定した配当を約束してくれる存在ではない。経済の先行きによっては、評価損がふくらむ可能性もある。それでも、長期的にはこのセクターが成長する可能性は高く、ポートフォリオに組み入れる検討をしても良いのではないかと記事は結んでいる。果たして生態系の複雑さをどこまで定量化できるのか、そしてその投資が自然環境にきちんとフィードバックされるのか? 今後の動向にも注目していきたい。

04:クリエイティビティを社会変革の原動力に

CreaTures(Creative Practices for Transformational Futures)は、アートやデザインなどのクリエイティブな実践が、どのように「エコ・ソーシャルな変革」を促進することができるかを調査したプロジェクト。EUのHorizon 2020からの助成のもと、11組の大学や芸術団体などからなるチームが3年間にわたって取り組んだ研究だ。その成果のひとつが、140の事例分析などに基づいて作成された「CreaTuresフレームワーク」と呼ばれるリソース集。「研究」「政策」「創造的実践」「資金調達」の4つのカテゴリごとに、各分野の当時者や専門家が、クリエイティブな活動を通して持続可能な未来を形成していくための考え方や論点、プロセスといった様々なインサイトがまとめられている。なかでも注目されるのが、社会変革の観点から実践活動を評価するために開発された「9ディメンション」だ。インタビューやアンケート、観察記録などから得られたデータを整理・解釈する際の分析軸を明確化したもので、異なるセクター間の相互理解や協調のための共通言語にもなりうるものだ。このツールは、委嘱された20のアートプロジェクトの振り返りにも適用されているという。これまで、芸術や文化が社会に及ぼす影響については、実効性や有用性という面からは判断が留保されてきた感があるが、人々の想像力を育むことは、より良い未来に変えていく行動に欠かせないはずだ。こうした研究成果を機に、クリエイティブな活動が未来の変化の原動力と位置づけられ、それを担う人たちのことも社会全体で支えていけるようになればと思う。

05:人間中心から「植物中心」のデザインに向けて

ドレスデン、ピルニッツ宮殿の工芸博物館で、キュレーターデュオd-o-t-sによる「Plant Fever」展が開催されている。人間中心から「植物中心デザイン(Phyto-centred design)」へのシフトを問いかける本展は、ベルギーとスイスでの開催を経て、ピルニッツ宮殿や庭園の歴史を取り込んだ拡大版として展開されている。ファッション、家具、グラフィック、デバイス、工芸品、食品、バイオロボットなど多種多様なプロダクトからなる展示作品は、植物を単なる素材や装飾品と見なすのではなく、デザインプロセスにおけるインスピレーション源と捉え、その構造やふるまいを環境・社会問題に対する新たな解決策に取り入れようとするものだという。展示は、植物に対する敬意や責任、共感といった新たな感覚を確立するための「植物中心デザイン宣言」をベースに構成されているそうだ。また、新宮殿の会場では、ドレスデンの園芸の伝統や世界的な園芸博覧会の発端となった、19世紀初頭の2人のザクセン王による「植物熱」とも言うべき植物研究の歴史にも焦点が当てられている。この夏には、展覧会に関連して植物中心のデザインアプローチのためのサマースクールも行われる予定。会期は10月31日まで。

本記事は、ニュースレター2023年7月号のINSPIRATIONSを転載したものです。最新の内容をお読みになりたい方は、以下のリンクよりご登録ください。ニュースレターを購読する ▷

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