INSPIRATIONS: 自然とデザインをつないで考えるためのヒント 5月
自然とデザインをつないで考えるためのヒントをピックアップする「INSPIRATIONS」。新旧問わずに、デザイン、アート、ビジネス、環境活動、サイエンス等の領域を横断し、ACTANT FORESTメンバーそれぞれのリサーチに役立った、みなさんにお薦めしたい情報をご紹介します。
01:土の中の音に耳をすませる
土の中でどんな音が鳴っているのかを気にする人たちがいる。ここ最近「土壌生物音響学(biotremologyまたはsoil ecoacoustics)」といわれる分野が生まれているそうだ。研究者たちは、土の中の音を聞き、新たな発見をしている。例えば、虫が音にどう反応しているのか。あるいは、植物の根が水の流れる音にどう反応しているのか。これまで知られてなかったようなことがわかってきている。そして、不気味なことに、生物多様性の低い土の中は音がしないそうだ。人類は、土の中にもっと耳をすませる必要があるようだ。
02:地下のフロンティア、菌根菌ネットワークをマッピングする「SPUN」
ほとんどの植物と共生関係をつくり、土壌中に長大なネットワークを張りめぐらせている菌根菌。はるか昔から地上の生命を支え、炭素吸収源としても重要な役割を果たす、目に見えない生態系エンジニアだ。進化生物学のToby Kiers教授と森林の微生物叢を研究するColin Averill博士によって設立された非営利のイニシアチブ「SPUN(the Society for the Protection of Underground Networks)」は、この菌根菌ネットワークを地球規模でマッピングし、これまで環境保全や気候変動の議論では見過ごされてきた地下生態系の保護を推進しようと取り組んでいる。AIで潜在的なホットスポットを特定し、研究機関や地域の専門家コミュニティとの協力で、全大陸から新たに1万サンプルを採取、今後2-3年をかけて保全活動に応用できる菌根菌ネットワークマップを構築するという。WEBサイトには、地下生態系を守るための7項目が挙げられている。私たちの身近な場所で実践できることもありそうだ。
03:木と融合する、生きた建築
木の枝や幹が、街中のフェンスや支柱に食い込みながら成長している光景を見かけることがある。ミュンヘン工科大学のFerdinand Ludwig教授が主導する「baubotanik」という建築手法は、異物の呑み込みや接触部の癒合といった樹木の生理や成長を、建築に融合しようというもの。金属製の足場を仮の構造体として、誘引や接木などによって木々を特定の形に仕立ててゆくと、やがて人工資材と結合して荷重に耐える「生きた建築」になる、という仕組みだ。従来の建築からすれば、制御不能な要因があまりに多い方法だが、ゴムの木の気根を使ったインドの吊り橋や、タンツリンデと呼ばれるドイツの木の上の踊り場などの先例もあるように、「生きた」構造物への欲求は歴史的に広く共有されてきたらしい。実際、ステンレスの棒を取り込む樹木の画像を見ると少し痛ましい気がしてしまうが、木々の心地よさと人工の構造物を両立させる手法として、やさしく進化していくことを期待したい。
04:孤独なリビング デッド:絶滅したソテツのメスを探せ
かつてのクラスメイト、LAURA CINTIが所属するロンドンのバイオアートコレクティブC-Labが手掛ける新しいプロジェクトは、森林環境の変化を新たな視点から捉えている。イギリスの王立植物園「キューガーデン」に、世界一孤独な植物といわれる、ソテツ(Encephalartos woodii)がいる。1世紀以上前に南アフリカから運ばれてきたが、現存するのはこのオスの木のみ。今もまだ子孫をつくりだすことが叶わないままだ。植物園に留まる以外に生存する方法はなく、野生で繁殖することが不可能になった「野生絶滅種」といわれている。その孤独なソテツに女性のパートナーを探してあげよう、というのがこのアートプロジェクトだ。ソテツがかつて繁殖していた南アフリカには未調査の森林が何エーカーも残っている。ドローンを用いて撮影されたモザイクマップを解析することで、どこかに生存しているかもしれないメスを探索していく。自然保護区での研究活動として承認を受けて、今年の2月に初めてのミッションが実施された。このソテツの絶滅の原因は、森林伐採や土地の開拓などの人為的な環境変化だ。現在かろうじて生き延びているのも植物園という人工的な環境であり、孤独なソテツがパートナーとめぐり会えるかどうかもドローンという技術介入によるもの。まさに植物をめぐる人新世的状況といってもいいだろう。探索プロセスは、今年のアルスエレクトロニカで展示される予定。
05:アーバンフォレストの国際カンファレンス
気候変動の問題がますます真剣に受け止められるようになっている中で、都市に樹木を増やそうとする動きが活発化している。都市に森(アーバンフォレスト)を増やすことは、たんに緑が増えて嬉しいというだけでなく、ヒートアイランド現象をはじめとする都市の高温化を和らげる効果や雨水の調整、生物多様性の向上など、さまざまな効果がある。その一方で、都市に森を増やしていくことは、これまでの都市の緑の管理の仕方や生活様式との齟齬や緊張も生みだしている。ベルギーのルーベン市で6月に行われるカンファレンスでは、「科学」「政策」「デザイン」の3つのテーマについてそれぞれ1日ごと、3日間にわたって都市の森の課題が議論される予定だ。
05:生物多様性の経済学「ダスグプタ・レビュー」を日本語で読んでみよう
生物多様性と経済の関係性を包括的に分析した「ダスグプタ・レビュー(昨年6月、英財務省発表)」に関して、WWFによる日本語訳を発見したので改めて紹介したい。このレビューの趣旨は、「自然は私たち人間の外側にあるのではなく、人間も経済も自然の一部に組み込まれている」「人間の需要は自然の供給能力を超えてはならない」という基本的な事実を、経済活動に取り入れようとするものだ。具体的には、道路や建物などの「人工資本」、教育や健康などの「人的資本」、森林や農地、漁業資源などの「自然資本」を合わせた「包括的な富」をGDPに代わる尺度とすべきであると提唱している。政府の制度や企業の会計に、自然や生態系の価値を評価する「自然資本」の考え方を取り入れることを促す。環境資源には限界があるという発想は、ドーナツエコノミーなど脱成長的な流れとも呼応するが、主流経済学で活躍する世界的に著名なダスグプタ教授の立場から発表され、実際の政策や制度設計まで影響を与えようとしている点が新しいとされている。もちろん主導権を取ろうとする英政府やEUの意図もあるだろうが、今年、中国昆明で議論されるCOP15後半戦への影響など、ポジティブに注視したい。