物語食卓の風景・夫婦の時間②
食卓についた真友子は、食べながら切り出す。
「あのね、今度長沢先輩と大阪へ行くの。大阪に本社がある企業の新しい仕事が始まるんだけど、最初に本社へあいさつに行かないといけないんですって。それで、ついでに香奈子に会って来ようと思って」
「時間があるんだったら、それもいいな。香奈子ちゃんともうずいぶん会っていないんだろう?」
「そう。下の子ができる前だったから、4、5年会ってないかも」
「おれら、なんか親せきと縁が薄いよな……うちの両親とも正月ぐらいしか会わないし。子どもがいないと、親には会いづらくなるよな。向こうも料理準備したりするのがめんどくさそうだし。あんまり歓迎されている感じがしないもんな」
「『お手伝いしましょうか』と言っても、いつも『いいから座っていて』と押し返されちゃうし、『うちに来ませんか』って言っても気が進まないご様子だし、『外で食べませんか』って言っても『都心に出ていくのはちょっと……』と言われてしまうし、私の誘い方がよくないのかしら?それとも実は嫌われているのかしら? 『お茶だけでもいいですよ、お義母さまのお顔が見たいだけなんですから』って言っても『そういうわけにはいかない』って断られちゃうんだよね。そうこうしているうちに、お年も召してこられたからよけいにうかがうのが悪い気がしてしまうのよ」
「まあなあ、親父が10年前に亡くなってから、そもそも人見知りで出不精だったおふくろが、ますます自分の中に閉じこもっていった感じだもんな。俺はたまに顔を出すようにはしてるけど、ぜんぜんシャンとしているし、老人ホームにってはなかなか言えない感じがする。むしろ人見知りだからそういう場所には行きたくないって昔から言っていたし、だからシャンとしてられるのかもしれない」
「うちの母がひたすらしゃべり倒す人だから、全然タイプが違うわよね」
「……お母さんとは、今回会うのか?」
「ううん。やめておく。会うと疲れ果てるし、殺意を抱いちゃいそうで」
「じゃあお義父さんのことは、どうするんだ?」
「あ、気にかけてくれてたんだ」
「そりゃそうだろう。俺には君んちのことは分からないし、人の家にはそれぞれの流儀があるから、ヘタに介入はできないけど、失踪となるとやっぱり気になる。前に、お義母さんが警察に届けないって話を聞いたときには、大丈夫なのかと思ったけど、数カ月経ってそれこそ、どこかで発見されていないということは、ご無事ではあるんだろうし」
「ありがとう。母も頑固だから。今回香奈子に会おうと思ったのは、そのあたりのことも聞いてみようと思って。香奈子のほうがちゃんと話をできるだろうし、もし父探しで何か動くとすれば香奈子しかできないし。東京の方に来ているような情報があれば、もちろん私が動くけれど」
「なるほど。そのほうがいいかもしれないな。お義母さんもうちの母よりだいぶ若いとは言ってもお年だし、だからもうめんどくさいのかもしれないな」
「うん、めんどくさいはだいぶあると思う。お父さんが定年になって、家事がものすごく増えたって愚痴っているって話も前に香奈子から聞いたし。『3食つくらないといけなくなったし、いるとかさばるのよ』って言っていたって」
「かさばる⁉」
「なんかね、家事を何もしない大人が家でウロウロしていると、邪魔に感じられるんですって」
「そうなんだ。なんか怖いな。俺だってあと10年もすれば定年だよ。真友子は俺をかさばるって思うことあるのか?」
「あなたは今のところ、あんまり家にいないから、かさばることはないけど、いずれかさばるかもしれないわよ」
「ええ~。一応毎週テニスで汚れた衣類は洗っているけど。洗濯物も自分でしまっているし。もっと参加したほうがいいのか? でも料理は明らかに真友子のがうまいんだよな。おれ作ってもレパートリーないし」
「家事は料理と洗濯だけじゃないのよ。掃除もあるし、出したものを片づけるのも家事よ。あちこちに脱ぎ捨ててある洋服を片づけてくれるだけでも、ずいぶん助かるんだけど」
「なんかな、思わぬところで攻撃がくるなあ。真友子、こわい」
「いや、衣類は本当に!」
「なんかな、自分では脱ぎ散らかしている意識はなくて、たぶん無意識なんだよ」
「じゃあ意識してちょうだい!」
「そういわれても」
「料理しなくてもいいけど、自分のモノを片づけてくれたらずいぶんと助かるのよ、こっちは」
「服が散らかっているくらい、大したことじゃないじゃないか。そんな細かいこと、今さら言うなよお」
「でも、散らかっている感は半端ないわよ。家事なんてだいたいが細かいことなんだから、塵も積もれば山となる。今日からちょっと心掛けてちょうだい。自分のモノを散らかさないで片づける。ちゃんと意識して。そうしないと、近々かさばる男になるのは間違いなし」
「そして失踪しても探してもらえなくなる……」
「そうよ!」
「ひえ~」
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