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物語食卓の風景・3人の行方③

「こんばんは」

 真友子たちが入ってくる姿を認めて、立ち上がった女性は、意外にも真友子とさほど年代が変わらないと思われる女性だった。黒のワンピースがよく似合う、落ち着いた雰囲気だが、セクシーと言うよりは仕事ができそうな顔つきである。

「よお!」と気軽な雰囲気で語り始める航二。「ごめんなー、急にメンバーを増やしちゃって。これが、うちの奥さんの真友子」

 これって何よ、と思いながらも、真友子は笑顔をつくって「初めまして。真友子と申します。今日はすみません。お邪魔じゃなかったかしら」

「初めまして。徳山美帆と申します。いえいえ、人数が増えたら、その分だけいろいろな料理を食べられますから。ここのバスク料理、とてもおいしいんですよ」

「ありがとうございます」

 席につき、メニューを見せてもらったが、何がどういうものなのか、さっぱりわからない。

「真友子さんは、何がお好きかしら? その前に、苦手なものがあったらおっしゃってくださいね」

「特に苦手なものはありません。お任せしますので、どうぞ徳山さんのお好きなものを選んでください」

「ありがとう」

「じゃあまず、このピペラードと、あ、ラタトゥイユの卵とじみたいなんですよ。それから、魚の煮込みと、オックステールと……」

「ピンチョスも入れておいてくれよ」と航二。

「わかったわかった」

 何をしゃべっているのか、よくわからない。でも、航二はリラックスしていて楽しそうだ。かなり親密な感じ。どうなんだろう。

 一通りメニューを決め、ウエイターに説明すると、まもなく飲み物が運ばれてきた。

「あの、お二人はどういうところで知り合ったんですか?」

「ああ、ごめん。説明していなかったな。だいぶ前だよな。社外の連続講座で知り合ったんだよ」

「新時代の住宅設計について」と、美帆がつけ加える。「すみません、自己紹介もちゃんとしていませんでしたね。私は設計事務所でアシスタントをしています。もともと、建築家をめざしたんですが、相当頭がよく努力家じゃないと難しいみたいで、大学は全部落ちちゃって、親が浪人を許してくれなかったものですから、専門学校へ行きました。

 中小の設計事務所に入ったものの、なかなかの男社会でね。一度辞めて派遣の事務職をしたりとか、いろいろさまよったんですが、結局またこの業界に戻ってきたのが10年前。少しはキャッチアップしなければ、といろいろな講座を受けていたんですよ。そこで……」と滑らかにしゃべっていた美帆が、ここで一呼吸おいて「角谷さんと出会って何だか意気投合しちゃったんです」と言う。

 一呼吸置いたのは、二人きりのときは別の呼び方をしているからじゃないか? 気になるが、バリキャリのようで実はそうでもないと分かって、少しホッとする真友子。

「どういうところで意気投合したんですか?」

「台所の設計問題です。連続講座だったので、いくつかトピックがあったんですが、その中で台所の話をした日の講座の後、隣の席にいた角谷さんが『台所って女性が使うことが多いのに、設計士は男性なんだな』とつぶやいたんです。日頃から、男性より女性のほうが家にいる時間が長いご家庭が多く、女性の使い勝手が大切な割に、この業界は圧倒的な男社会で、女性の視点を生かしにくいことが気になっていたんですね。だからこそ、建築家をめざしたわけですが、いかんせん、頭が悪いのはどうしようもなくて。打ち合わせに同席する時も、歯がゆい思いをしていることが多くて、たまには意見を挟むんですけど、『理想論だ』で片づけられちゃう」

「それで、ご飯を食べる仲になったんですか」と真友子。

「そうだな。うちの会社は台所とかお風呂とかの住宅設備を扱っているだろう。規格品ばっかで、建築家が作るようなかっこいい家のオーダーメイドにはあんまり縁はないけど、できるだけ業界のいろいろなことを知るべきだと思って」

「10年前って、そういえば新しい部署になって、いろいろと航二が悩んでいた頃ね」

「そうそう。現場営業ばかりやっていたのに、急に商品企画もやることになって。それまでうちの商品の特徴をしっかりつかんで、説明するといったすでにあるものについての仕事だったのに、今までにないものを考えろって急に言われても思いつかない。だから勉強しなきゃと思ったんだ。徳山さんは、謙遜してるけど、住宅事情についてずいぶんと研究しているし、海外もあちこち回って現地の住宅も見て回っているんだ。海外の友人も多いんだよな」

「まあね。最初に勤めた設計事務所では、いろいろと大変でね。消耗しちゃったんで、ちょうど結婚してスペインに住んでいた友人の家に転がり込んだの。で、あっちこっち回るようになって」

「それで外国料理にくわしいんですか?」

「ああ、バスクはやっぱりおいしいから。スペイン一の美食の町」

「いいとこらしいぞ。そのうち二人で行ってみようか」

「そうね」

「なんだ、テンション低いな。海外旅行、またしたいって言ってたじゃないか」

「まあね」

 やっぱりこの人、キラキラしてる。海外をあちこち回って、かっこいいな。私なんて地べたを這うような末端営業者だから……。話題も豊富そうだし、知的だし。ああやだ、だんだん自己嫌悪になってくる。それに、シャープな黒のワンピースを着ている美帆さんに比べて、こんな膨張色のピンクとベージュの服を選んじゃって、おばさん体型丸出しじゃないの、私……ダメ、ここでちゃんと切り込んでいかなければ。


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