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珍奇な呪術
ある王国で王は家臣に尋ねた。
「民は私のことを尊敬しておるか?」
「もちろんでございます」
「民は私のことが好きか?」
「愛しております」
「それは偽りだ」
「何故でございます?」
「愛というのは、私の姉が私に与えてくれたものだと考える」
「姉上様の急逝にお悔やみ申し上げます」
「姉は民に真に愛されていた」
「その報に涙を流さなかった者はないと聞きます」
「私は、姉に愛されたように、民に愛されたいのだ」
「なるほど」
「私を見るなり、目をそらし、小さく縮こまる民を見るのが嫌なのだ」
「民には畏怖の念があるのです。神の前にあって自らの卑小に恥じ入るのと同じです」
「その畏怖の念とやらは、愛ではない」
「高潔なお考えです」
「どうしたら、民は私を愛するだろうか?」
「一昼夜、考えるいとまをいただけますでしょうか」
「分かった」
家臣は諸外国の文化に通じた者たちを緊急に招集し、アイデアを募った。そして計画を練り、明くる日に王へ伝えた。
「世界の果てに日本という小国があります」
「知っておる。空想動物産出国であろう」
「おっしゃる通りでございます。その日本には、愛する者の名に『ちゃん』をつけて愛でるという風習があります」
「『ちゃん』とはいかなる意味か?」
「意味は不明ですが、名の後に『ちゃん』をつけると、どの者も愛さずにはいられなくなるということです」
「呪術のようなものか?」
「善の方向へ人を導く、珍奇な呪術かもしれません」
「それで、その『ちゃん』をどうするのだ?」
「王様につけるよう民におふれを出します」
「ふむ」
「民は明日以降『王様ちゃん』と呼ばなければなりません」
「悪くない響きだ」
王国では「ちゃん」が大流行した。支配被支配、上下などの息苦しさが和らぎ、笑顔があふれた。王様は人気者になり、民はそのご尊顔をひと目見ようと城に押しかけ、堀の外から手を振るのであった。王様は非常に満足された。しかし、家臣には気がかりなことがあった。王様の言動が奇妙に変化してきたのだ。1年後に会話はこのようになっていた。
「ねえ、何で隣の国は僕の国との境に兵隊を遣ってうろつかせるんだろう?」
「威嚇でございます」
「何だい、イカクってのは?」
「ここを越えたら痛い目に遭わせるぞ、という合図です」
「ずるいじゃないか。だって、隣の国の兵隊はちょくちょく僕の国の領土に足をのせてるよ。僕の国は何にもしてないのに!」
「卑劣なのでございます」
「隣の国は僕のことを何て思ってるんだろう?」
「どう考えているのかは存じませんが、我が国の王様ちゃんを単に王と呼んでいます」
「許せない!」
さらに2年が過ぎた。
「となりのくにはぼくのくにをたくさんぬすんだよ!」
「左様でございます」
「のこるはおしろだけじゃないか!」
「左様でございます」
「なんとかしてよ!」
「こうなったからには、我々は隣国に組み込まれることで生き延びるしかごさいません」
「そしたらぼくはどうなるの?」
「王様ちゃんではなくなるのです」
「やだ!」
「我が儘を申されてはいけません」
「おまえはくびだ!」
「それでは、お暇をいただきます」
長年信頼してきた家臣を失って、王様ちゃんは錯乱し、泣きわめきながら「よいこははいっちゃだめ」と言われていた地下室に駆け込み、ドアを施錠した。そして、ばーか、ばーか、みんな、だいきらいだ!と叫んで「ぜったいおしちゃだめ」と書かれているボタンを押した。