友達0人大学生 -生い立ち③-

憧れの心理学を学ぶためについに大学デビュー。

たくさんの人を助けたいなー
心を救ってあげたいなー

という気持ちいっぱいで入学をかましました。
んですけど、Fラン大学を選んでしまった罠がありました。

高校生の時、成績自体は一桁ぐらいの上位だったんです。
ですが、教科書の内容そのままが定期テストの内容になるので全部暗記すれば点数取れたんです。取れちゃったんです。
何が言いたいかって、理解していなくても100点が取れちゃうんですよ。

つまり、応用が全く効かないってことです。
模擬や大学受験には本当に役に立たなかったので酷いもんでした。

とはいえ、当然心理学を通ってきた先生たちが集まっているので、
学習内容的には悪いものじゃありませんでした。
全部が全部興味あるわけではなかったんですけど、
どれも自分が学びたい内容だったので楽しかったです。

”心理学”ってどんなことを学ぶの?
っていう話はまた別のNoteで。


時はちょっと戻ります。
大学合格した時点から友人を作ろうと考え
大学用のSNS(X)を作って交流をはかっていました。

案の定、同じ大学への入学が待っている高校3年生が多く存在し、
そこからフォローを伸ばしていくのは簡単でした。

あっという間に友達が増えて、
入学前にみんなでご飯行こう!!!という話にもなり居酒屋にいくことになりました。(未成年なので酒は無し)

それなりに楽しかったし、これからの大学生活楽しみだな~~~と、
なんだかんだ胸に期待を膨らませて残りの高校生活を過ごしていました。

その人たちとは入学後もずっと絡みがあり、
いわゆる「いつメン」になっていました。

なのですが、1年ぐらい経過したときです。
少しずつ、彼らとの会話に疲れるようになってきたんです。

当時はただただ小さな違和感だけが心に残り、たまに居心地悪いな~と感じる程度でした。

・微妙なノリの違い
・気配りの違い
・会話の嚙み合わなさ
・人の気持ちへの理解
・言葉の選び方
・空気の読み方

大人になってから考えるとほんとに些細で細かい違和感が少しずつ分かってしまっていったんだなーと。

その積み重ねによって私は爆発しちゃいました。
関わるのが苦になっちゃったんですよ。

なので、大学の友達全員と関わるのやめちゃいました。笑

それから2年半ぐらいかな。
友達0人でずっと大学生活を過ごしていました。
心理学も興味があって学びに行ってたのですが、
友達が全くいない大学に通い続けるのも苦でした。
じゃあ友達切るなよ…って話ですよね。ほんとにそう思います。

その分得られたものもたくさんあります。
自分と向き合う時間が増えました。

相変わらずインターネットどっぷりで、
ゲームにログインすれば友達いっぱい、
ツイートをすれば友達いっぱい、
なクソ陰キャだったんですけどね。

でも、
人との些細な会話ややりとりをした後に、
振り返って反省する時間を作れたんです。

利他主義人間なので常に相手の反応を見て自身の関わり方を変えていました。

どういう会話をしていけば喜んでもらえるか、
どういうリアクションをしたら楽しんでもらえるか、
相手が求めている言葉はなんだ、
相手が心地よいと感じるしぐさはなんだ、
シーンに合わせた表情はなんだ、

とかとか。

”自分”という根幹はブレずにあくまで、
”自分との関わりで相手がポジティブな気持ちになってくれて、自分も嬉しい”
という自分にもプラスになる道が作られているので、私にとっては苦ではなくむしろやりがいがある、改善しがいがあることでした。

自分の周りの人たちを幸せにするために、そして自分を幸せにするために、
さらに言えば、自身の人格を育てていくために、

自分を見直す。
自分と向き合う。

私にとって今も続けている習慣になります。
最初は卑屈になったっていい。
自分を責めてネガティブになったっていい。
その次のステップに ”もっと素敵な人間になろう” があればいいんです。
素敵な部分が少しでも増えていったらそれが自信になっていって、
気が付かないうちに卑屈な自分の部分が減っていくんです

どんな人だって変わろうと思えばちゃんと変われるんです。
友達0人でも学べることはたくさんありました。
友達0人だったからこそ、今の自分がいるんだと思えます。

そんな大学生活を過ごしていました。
高校生活も併せて、
私の人格が少しずつポジティブに再形成されていってた頃でした。





全く関係ないのですが、
このNoteを残すときは大体自分を見つめなおす時間や
チルになっている時ですね…笑

本当は毎日反省、毎日改善をやっていきたいんだけど、
どうにも社会人は時間が無くて困ってしまいますね。
余談でした。

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