見出し画像

ポルトガルから瀬戸の花嫁へ

最近聴いた一枚 『Setúbal』

レーベル:Creative Sources Recordings (Lisbon, Portugal)
演奏者 :Ernesto Rodrigues (viola), Nuno Torres (alto saxophone), Miguel Mira (cello)
グラフィック・デザイン:Carlos Santos
入手媒体:CD+デジタルアルバム

出典: bandcamp

ポルトガルの Setúbal にある文化施設 Casa da Cultura での2022年ライブ録音です。35分の1曲勝負。不思議なもので、フリージャズに慣れ親しむと1曲が10分足らずだと物足りなさを覚えるようになります。また、弦楽器の魅力を再発見したのもフリージャズのおかげかもしれません。
この『Setúbal』についても、終始、 Rodrigues のヴィオラと Mira のチェロとに魅了されます。時に立ち止まり、時に疾走し、叩く引っ張る軋ませるは当たり前。Torres のサックスもひび割れる音や漏れ出す呼気やキー叩きで呼応しまくっています。音楽の流れは、一定の間隔というものを否定するように、圧縮されたり引き伸ばされたりしながら、停滞することなく続いていきます。
何度も湧き上がる狂騒にその都度興奮しつつ、ロウソクの火が消えゆくような静けさに集中しつつ、大いに楽しんで聴き終わりました。終わり近くには、ハッとするような美しい数十秒間があったように感じています。



1. 連想  超人ロック

思えば… 永遠の命と永遠に切れない弦があれば永遠に弾き続けることのできる弦楽器というのは、なかなかに恐ろしい楽器ではないかと。
そして(?)、永遠の命といえば、聖悠紀の代表作『超人ロック』の主人公ロック Locke the superman です。

こちらのロックさんはただの調査員ではなく、最強エスパーとして永遠に生き続けている方で、闘いと悲哀のつづれ織り人生です。
そんなロックさんが玄人はだしで演奏する楽器は弦楽器ではなく、マインドハープです。名器ブラドレーホルヒは銀河に5本と残っていないとのこと。いまのところ、架空の楽器ですが、気になる方は、ぜひ、超人ロックシリーズから『神童』と『凍てついた星座』を読んでみてください。
私自身も、連想ついでに『凍てついた星座』を読み直してみました。矜持と悲哀と真剣勝負に加えて、味のあるキャラクターが活躍するような物語を堪能した読後感は、池波正太郎の小説『剣客商売』シリーズの一編を読み終えた時のそれに近いと感じています。


2. 調べ物  詩人の塔

Google マップでは、リスボンの南、海岸沿いのエリアに セトゥバル Setúbal を確認できます。

さて、検索エンジンで セトゥバル を検索して、色んなサイトの写真画像を見ているうちに、どうやら『Setúbal』のCDジャケットには、このエリアの史跡や風景がデザインされていることに気づきました。
このページの最初に挙げたCDのジャケット画像(表面のみ)の左上部分で確認できる、Se と tú の間にある塔らしきもの、こちらは Praça do Bocage(ボカージェ広場)にある、詩人 Manuel Maria Barbosa du Bocage の塔ではないかと推測しています。塔の形状と天辺に像が立っていることからの判断です。

詩人ボカージェについては、『岩波=ケンブリッジ世界人名辞典』で調べてみました。

 ボカージェ,マノエル・バルボーザ・ドゥ Bocage,Manoel Barbosa du(ポルトガル 1765-1805)叙情詩人.セティバル生まれ.1786年,インドと中国に渡り,1790年にリスボンにもどった.同地で詩人として認められ,ノヴァ・アルカディアの文学サークルに入った.基本的には,ロマン主義者であるが,彼のソネットの形式は古典主義のものである.

出典:デイヴィド・クリスタル編集.岩波=ケンブリッジ世界人名辞典.岩波書店,1997,p.983

情報は得ましたが、理解には至らず。とりあえず寝かせておきます。
ちなみに、ボカージェの後には、ホガース、ボガーダス、ボガード(ハンフリー)、ボガード(ダーク)と続きます。この中で調べがいがありそうなのは、発明家のジェイムズ・ボガーダスでしょうか。

なお、調べ物の途中で、聖フランシスコ・ザビエルがセトゥバルの守護聖人であることが分かりました。1549年(イゴヨク)に日本の鹿児島に上陸した人です。その立像がある庭園からは海が見えるようです。



3. 連想と調べ物  セート Sète

海沿いの街で、”セ”から始まるとくれば、南フランスの街セート Sète です。
クロード・ソーテ Claude Sautet 監督の映画を見たことで、俳優ロミー・シュナイダー Romy Schneider に魅了されてしまった身としては、ソーテ監督の映画『夕なぎ 』(原題:César et Rosalie)の舞台となった街の一つであるセートを連想せずにはいられませんでした。

今までに見たDVD等の記憶を辿りつつ、映画の撮影場所のデータベースである L2TC.com (サイトの公式説明は、仏語では"Base d'informations de lieux de tournage de films"、 英語では "Database of movies shot locations")を検索してみた結果、思っていた以上にセートを舞台(の一部)とした映画を見ていたことが確認できました。

▼ 『夕なぎ』(原題:César et Rosalie)

監督はクロード・ソーテ Claude Sautet。
ロザリー、セザール(ロザリーの今の恋人)、ダヴィッド(ロザリーの昔の恋人。焼け木杭に火をつける)が三者三様に相手を想う物語。
この映画の中では、セートの運河で行われる水上での槍試合 Les joutes を、ロザリー、セザール、ダヴィッド、ロザリーの幼い娘カトリーヌの4人で観戦する場面が印象的です。


▼ 『若き詩人』(原題:Un Jeune poète)

監督はダミアン・マニヴェル Damien Manivel。
レミは詩人になることを夢見ており、詩作のインスピレーションを求めてセートに来ては見たものの…という物語で、全編を通してセートの街が魅力的に映し出されています。特に、海辺の墓地 Cimetière marin にある詩人ポール・ヴァレリー Paul Valéry の墓の前に置かれたベンチに座って、色んな心情を吐露している(詩人に話しかけている)レミを横から捉え、その遠景に海を収めたショットは美しいと思いました。


▼ 『刑事ベラミー』(原題:Bellamy)

監督はクロード・シャブロル Claude Chabrol。
ベラミー警視は妻フランソワーズを伴い南仏ニーム Nîmes にヴァカンスに来ていたが、そこに怪しげな男が訪ねてきて、奇怪な殺人事件に巻き込まれてしまう。さらには、素行の悪い異父弟ジャックが転がり込んできて、てんやわんや…といった物語。
この映画の中でセートが映し出されるのは、映画の冒頭、歌手ジョルジュ・ブラッサンス Georges Brassens の名曲『Les Copains d'abord』を吹く口笛の音が聴こえるなか、セートにあるル・ピィ墓地 Cimetière Le Py に立つブラッサンスの墓が映り、しばらくして、そこから離れたカメラが墓地の上をゆっくりと移動しはじめると、音楽はマチュー・シャブロル Matthieu Chabrol 作曲のオーケストラ音楽(いつもの不安で優しい音楽)に取って代わり、やがて、崖の下に落ちて少し燻っている黒焦げの車とその横の黒焦げ死体(胴体と頭)が映る、という一連のショットにおいてのみです。物語においては、ブラッサンスが重要なキーワードになっていますので、短いながらも、なかなかに重要なシーンとは言えます。
この後、画面が暗転して「en souvenir des deux Georges 2人のジョルジュに」という献辞が示されます。一人のジョルジュはブラッサンスで、もう一人は、メグレ警視 Le commissaire Maigret を生み出した作家ジョルジュ・シムノン Georges Simenon であるとのことです(1)。

参考文献:
(1)遠山純生執筆. DVD「刑事ベラミー BELLAMY」封入の解説リーフレット.紀伊國屋書店/マーメイドフィルム,2021,p.10


▼ 『悪なき殺人』Seules les bêtes

監督はドミニク・モル Dominik Mol。
フランスの雪深い山中の村の近辺で起こったエヴリーヌの失踪事件。この事件をめぐって、ミシェル(妻に隠れてネット恋愛にどっぷりの農夫)、アリス(ミシェルの妻。ジョゼフと不倫)、ジョゼフ(不倫前は動物と犬としかしゃべらなかった男)、マリオン(エヴリーヌの愛人。レストランで働く)、アルマン(コートジボワールはアビジャンの青年。通り名は general CFA)らの人生が交錯して…という物語。
エヴリーヌとマリオンの逢引きの舞台となるのが、セートにあるホテル Le Grand Hôtel de Sète の一室であることが、エヴリーヌの(置き手紙ならぬ)置き葉書に印刷されているホテルのロゴマークで確認できました。


4. 連想と調べ物  瀬戸の花嫁

1970年代に瀬戸内海付近で生まれたこともあり、海辺の"セト"から瀬戸(内)をすぐに連想して、歌手・小柳ルミ子のヒット曲『瀬戸の花嫁』(作詞:山上路夫、作曲:平尾昌晃)を思い浮かべました。しかしながら、この曲の歌詞からイメージできる「瀬戸の花嫁」を思い浮かべただけで、具体的には何も知らないことに気づいたため、調べ物をしてみました。

検索エンジンを活用した調べ物の結果、NHKアーカイブス内の動画配信サービス<動画で見るニッポンみちしる>にて『瀬戸の花嫁 消えゆく瀬戸の風物詩~島から島へのお嫁入り』(2010年放送)という動画を発見でき、実際に狭い海峡を船で渡った瀬戸の花嫁について知ることができました。こちらの動画では、香川県の小豆島から沖之島に渡った人々を瀬戸の花嫁として紹介しており、渡し船「うずしおⅡ」に乗ってのお嫁入り風景を見ることもできました。ナレーションによると、昭和47年ごろにおいては、花嫁が船で嫁いで行くのが、瀬戸内海の風物詩であったとのことです。

また、四国新聞社のWebサイト<四国新聞社SHIKOKU NEWS >内の連載記事『渡し船(土庄町)ー21世紀へ残したい香川』(2011年11月26日)においては、小豆島と沖之島との間の狭い海峡が「小江(おえ)の瀬戸」や「乾(いぬい)の瀬戸」などと呼ばれていること、潮の流れが非常に速いこの海峡においては、渡し船が島人にとって貴重な交通手段となっており、当時から遡った数年前までは、この海峡を渡し船で渡る花嫁の姿を見ることができたため、テレビや新聞などで「瀬戸の花嫁」として紹介されていたこと、などを知ることができました。

なお、香川県小豆郡土庄町役場のWebサイトで確認したところ、現在、沖之島離島架橋の建設工事が進められており、令和7年には完成予定とのことでした。いずれ渡し船は廃止となってしまうのかもしれません。

以上、ポルトガルから始まって瀬戸の花嫁へと至るまで、あちらへこちらへ、楽しい道程でしたが、この辺りで一旦終了です。
暫しのお付き合い、ありがとうございました。




以下、おまけ的な補足です。お時間のある方は引き続きお付き合いください。


(下手な駄洒落 セトゥバル→セート→瀬戸)

連想というよりは駄洒落といったほうが良さそうです。「下手な駄洒落は止めなさい」と嗜められそうですが、上方落語の演目『口合小町』に登場する長屋の甚兵衛さんも、口合(駄洒落、語呂合わせ)はちょっと無理のある方が面白い、と言ってくれていますので、どうぞ、見逃してください。
さて、この『口合小町』も収録されている、10枚組CD BOX『桂米朝 上方落語大全集 第三期』には、演目ごとに解説と速記を掲載した300頁越えのブックレットが付属しており、こちらの表紙に印刷されている題字は二代目中村鴈治郎によるものです。『口合小町』の中で、菜とかぶらをお題とした口合「菜(と)かぶら鴈治郎」として登場するのが初代なのか二代目なのかは分かりませんが、二代目中村鴈治郎については、高峰秀子主演の映画『女が階段を上る時』(監督は成瀬巳喜男)での関西の実業家役が強く印象に残っています。


▼ 『女が階段を上る時』

隣県の映画館で開催された「映画監督成瀬巳喜男レトロスペクティヴ」にて鑑賞。成瀬巳喜男監督作品と高峰秀子とに大きな魅力を感じて、日本映画に興味を持つようになりました。この映画における、高峰秀子の語り(ナレーション)の良さや声の魅力については、レトロスペクティヴのカタログに記載されている高崎俊夫の解説において次のとおり言い表されています。

この彼女の病み上がり特有の気だるさと<語り>のエロキューションが、成瀬とのコンビ作で最も円熟したエロティシズムを感じさせる決定的な魅力となっている。

出典:山根貞雄監修,高崎俊夫編集.成瀬巳喜男生誕一〇〇年記念 映画監督成瀬巳喜男レトロスペクティヴ カタログ.コミュニティシネマ支援センター発行,2005.9,p.59

エロキューション elocution なる言葉の存在を知ったのはこの時でした。意味は分からないながらも、この言葉の響きが妙に艶っぽく感じたことをよく覚えています。この言葉については、『日本国語大辞典』第二版の説明がわかりやすかったです。

はっきりした大きな声で朗読、話をする、その話し方。雄弁術。また、俳優などの基礎的技術としての発音、抑揚、間などを含めた発声法をいう。朗読法。せりふまわし。(後略)

出典:日本国語大辞典第二版編集委員会,小学館国語辞典編集部.日本国語大辞典 第二版.第二巻,小学館,2001.2,p.719



(最近聴いた一枚の備忘録)


(3. 連想と調べ物の補足)

▼ 『夕なぎ』(原題:César et Rosalie)
ロザリーを演じるロミー・シュナイダーは、芯の強さを感じさせる演技で、いつも通り良いのですが、一途な厄介者で小心者のセザールを演じるモンタンの困り顔も絶品です。恋敵を嫌いになれないダヴィッドを特徴のある声で演じるサミー・フレイも良く、若い頃から落ち着いた感じのイザベル・ユペールや、若き日のベルナール・ル・コックが出演しているのも個人的には見逃せない所です。何故だか、ル・コックやエチエンヌ・シコが脇役として出てくると理由もなく嬉しくなります。
* 監督:クロード・ソーテ Claude Sautet
* 俳優(配役):
ロミー・シュナイダー Romy Schneider(ロザリー)
イヴ・モンタン Yves Montand(セザール)
サミー・フレイ Sami Frey(ダヴィッド)
イザベル・ユペール Isabelle Huppert (ロザリーの妹マリテ)
ベルナール・ル・コック Bernard Le Coq (ダヴィッドの仕事仲間ミシェル)
* その他:エチエンヌ・シコ Étienne Chicot

▼ 『若き詩人』(原題:Un Jeune poète)

フランス版DVD英語字幕で鑑賞しました。こちらのDVDについては、ジャケット表面や内側が Atsuko Kimura の素敵なイラストで飾られており、おまけにそれらイラストを掲載したポストカード3枚が付属、中編『若き詩人』と合わせて収録された2編の短編のうちの1編『La dame au chien』については日本語字幕もついているという、持ってて嬉しい1枚となっています。
* 監督:ダミアン・マニヴェル Damien Manivel
* 俳優(配役):レミ・タファネル Rémi Taffanel ( レミ)
* その他:ポール・ヴァレリー Paul Valéry

▼ 『刑事ベラミー』(原題:Bellamy)
嫉妬、罪悪感、後悔、告白、ユーモア、意地の悪さ、意外な展開、なんとも言えない幕切れなど、いつものシャブロル節ではあるものの、ゾクゾクするようなサスペンスは影を潜めています。それでも、終盤の重要な告白場面の後で、エルガー作曲『チェロ協奏曲ホ短調作品85』の第2楽章が流れはじめるあたりには、グッときます。エルガーのチェロ協奏曲については、昔、ジャクリーヌ・デュ・プレのCDをよく聴いていたことも思い出しました。
ちなみに、ブリュノ・クレメールが演じるメグレ警視が一番だと思っています。
* 監督:クロード・シャブロル Claude Chabrol
* 音楽:マチュー・シャブロル Matthieu Chabrol
* 俳優(配役):
ジェラール・ドパルデュー Gérard Depardieu( ベラミー警視)
マリー・ビュネル Marie Bunel (フランソワーズ)
ジャック・ガンブラン Jacques Gamblin(怪しげな男)
クロヴィス・コルニャック Clovis Cornillac(ジャック)
* その他:
ジャクリーヌ・デュ・プレ Jacqueline du Pré、
ブリュノ・クレメール Bruno Cremer

▼ 『悪なき殺人』Seules les bêtes
偶然のいたずら暗黒版といった趣。味わいのある俳優が揃っていることもあり、十分に楽しんで鑑賞しました。
アルマンの通り名 general CFA(セーファ)については、西アフリカ経済通貨同盟(UEMOA)地域の8カ国で使用している単一通貨CFAフラン(Franc de la Communauté financière africaine)から名付けられたものと思われます。
* 監督:ドミニク・モル Dominik Mol
* 俳優(配役):
ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ Valeria Bruni Tedeschi(エヴリーヌ)
ドゥニ・メノシェ Denis Ménochet (ミシェル)
ロール・カラミー Laure Calamy(アリス)
ダミアン・ボナール Damien Bonnard(ジョゼフ)
ナディア・テレスキヴィッチ Nadia Tereszkiewicz(マリオン)
ギイ・ロジェ《ビビーゼ》ンドゥリン Guy Roger 《Bibisse》N'Drin(アルマン)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?