辞典にも載っていない鳥籠の気持ち
最近聴いた一枚 『Boskage』
レーベル:a new wave of jazz
演奏者 :Daniel Thompson (acoustic guitar), Colin Webster (alto saxophone)
レイアウト:Rutger Zuydervelt
スリーブ・ノーツ:Guy Peters
入手媒体:CD+デジタルアルバム
出典:bandcamp
生のインプロヴィゼーションにこだわり、特殊奏法も含めて楽器で表現できる音の限界を追求し続けている Colin Webster が好きで、新譜が出る度に嬉々として購入しています。
その特殊奏法を垣間見ることができる動画がこちらです。
Colin Webster - Experimental Close Solo Saxophone @ White Noise Sessions
この動画で繰り広げられている奏法を、素人なりに書き出してみると…
マウスピースをつけずに、吹込管コルクに直接口をつけて息を吹き込み、ブルブルと唇を震わせて出す音、口で吸って出す音、呼気の強弱や量で、またタンギングや口周りの動きにより音に変化を生み出す。マウスピースをつけて同様にすると、つけていない時よりも呼気音や音の響きがはっきりとし、キーパッドの操作だけでかすかに聞こえる音程もはっきりとしてくるように聞こえる。そこに音程のある音が混じり出し、ざらざら、ぶつぶつ、ざわざわしたノイズがより強調される
キーパッドを操作しながら、片方の手のひらで、吹込管コルクの吹込口を正面からパーカッシブに叩く
マウスピースをつけて、指の背/爪や指の腹でパーカッシブに叩く弾く、また、指でこすってカリカリとして音を出す
足台を使って片足の位置高くし、腿の内側にベル(朝顔管)を押し付けたり離したりすることでミュートがわりにして音色に変化をだす、ワウワウミュートのような効果もあり
リードミスを利用したような金属音的なノイズを混ぜ合わせる
などなど。この動画を視聴してから、CD『Boskage』を聴くと味わいも格別でした。
特殊奏法による表現(キーパッド大活躍)を間に挟みながら、唸るようにはじめて細かな早いパッセージで駆け上がり、駆け降りて、急に深く沈むような音の連なりを、ところどころにひび割れた塊のように置いていくような Webster のサックス。息を十分に吹き込んだ風船の口から空気を少しづつ調整しながら漏れ出させていたところを、パッと摘んでいた指を離して一気に迸る、そんなフレーズがお気に入りです。
これに応じる Thompson のギターは、ヴァイオリンなどのピッツィカートにも似た音や、弦を引っ掻くような金属音的なトレモロ、琵琶のようにも聞こえる弾く音などを組み合わせながら、ひとつひとつの言葉を繋げることには興味がなさそうに、けれども、ずっと会話は続けているような感じに聴こえます。弓を使って音を出しているように聴こえる箇所もありました。1曲目の、気泡がランダムに次々と弾け飛ぶような、あるいは、危機に直面してフル稼働(計算)する宇宙船のコンピュータが出す電子音のような? 音については、どのように演奏しているかが気になります。
ちなみに、アルバム名称の Boskage(ボスキッヂ) は「成長した木や低木が自然に群生している場所、木立」を意味する言葉で、スリーブ・ノーツを担当した Guy Peters は、この言葉のサウンド自体がとてもクールだ、と記しています《1》。
[参照文献]
《1》Guy Peters.CD『Boskage』のスリーブ・ノーツ.a new wave of jazz,2019
1. 連想 塊
CD『Boskage』の感想で「ひび割れた塊」と記した後に、すぐに思い出したのは次の俳句です。俳句に親しんでいるわけではありませんが、イヨッ!と声がけしてしまいそうな感じが気に入って覚えていました。
せっかくの機会なので、句集『遅速』を手に入れて読んでみると、この句以外にも好みの句がたくさんありました。アンソロジーではない句集を手に入れたのは初めてなので繰り返し楽しみたいと思っています。
生意気にも好みの句など挙げてしまいました。
そう言えば、芸大俳句ゼミのコメディ漫画『ほしとんで』(著者:本田)の第1巻では「改めて考えたらカッコいい俳号選手権」が開催されており、西東三鬼に並び、飯田龍太の父・飯田蛇笏が推されていました。とても面白い漫画です。再読してみて、特にゼミ生のみんなで連句をつくる(=連句を巻く)くだりにワクワクしました。
2. 連想 ウェブスター辞典にも載っていない
Webster とくれば…
辞書や辞典が好きな方はウェブスター辞典 Webster's dictionary を思い出し、ジャズ・ヴォーカルやスタンダード曲が好きな方はスタンダート曲『Too marvelous for words』の歌詞を思い出すかもしれません。作詞はジョニー・マーサー Johnny Mercer 、作曲はリチャード・ホワイティング Richard A. Whiting 、1937年に発表されています。
『ジャズ詩大全』第15巻では、R. ホワイティングの娘で、後にこの曲を歌ってデビューしたマーガレット・ホワイティング Margaret Whiting の言葉が紹介されており、当時において、”好意を寄せるあなたの魅力を充分に伝える言葉は、全てが載っているはずのウェブスター辞典にも載っていない” なんて愛情表現は、マーサーにしか書けないものだった、と称賛しています《1》。
なお、『ジャズ詩大全』第15巻には、もう1曲、Webster's dictionary を歌詞に含む曲『Sugar』の解説なども掲載されています。私にとっては、ペギー・リー Peggy Lee の歌唱でお馴染みの曲です。
スタンダード曲の解説、原詞とその日本語訳、音楽的構成についての補遺などがこれでもかと詰め込まれた『ジャズ詩大全』シリーズは、ジャズ好きであれば知らないのは勿体ないようなエピソードに溢れています。読み物としても楽しいシリーズです。
[参照文献]
《1》村尾陸男著,ラリー・リチャーズ校閲.ジャズ詩大全,第15巻.中央アート出版社,1999.12,p.168-173( Sugar ),p.196-202( Too marvelous for words )
3. 鳥にとっても鳥籠にとっても喜ばしい
最近聴いた一枚 CD『Boskage』の演奏者二人は、それぞれにレーベルを設立して活動しています。
Colin Webster が設立したレーベルが Raw Tonk Records 、Daniel Thompson が設立したレーベルが Empty Birdcage Records です。
出典:bandcamp
CD『Boskage』や、Webster と Thompson の二人については、後日、備忘録にまとめる予定です。
ここでは、Empty Birdcage Records のレーベル名の由来をご紹介しておきたいと思います。
Empty Birdcage Records のレーベル名の由来については、Thompson のWebサイトに記されています《1》。
拙い英語読解能力で一部を抄訳してみると、こんな感じ…
ある日の演奏会の会場で、天井から空の鳥籠が吊り下がっているのを見て、Thompson は、演奏を始める前に、聴衆に向かって、空の鳥籠の下で演奏することがどんなに嬉しいことか、を伝えた。長きにわたって鳥類群集を称賛してきた(に憧れてきた、に感心してきた)し、鳥のいない鳥籠を見ることは、鳥にとっても鳥籠にとっても喜ばしいことだと。それ以降、Empty Birdcage と言う名前は、彼の頭の中に留まっていた…
鳥籠から自由になった鳥、鳥から自由になった鳥籠、その両方にとって喜ばしい事態が、Thompson 自身にとっても嬉しいことだった、と解釈しました。
鳥籠の気持ちに寄り添ったことはありませんでしたので、新鮮に感じます。
いいレーベル名です。
[参照Webサイト]
《1》Daniel Thompson. “empty birdcage records”. home (Daniel ThompsonのWebサイト) . 2020. https://www.danielthompsonguitar.com/empty-birdcage-records.html, (参照2024-10-14)
以上、あちらへこちらへ、楽しい道程でしたが、この辺りで一旦終了です。
暫しのお付き合い、ありがとうございました。
(最近聴いた一枚 『Boskage』の備忘録)
現在準備中です。しばらくお待ちください。
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