
オレ、原始人。酒、ノム。昼間デモ、ノム。
休日、街に出ると、お酒の缶を片手に 飲みながら歩いている方を時々お見かけする。
元・大酒飲みとしては その人が何を飲んでいるのか ついチラ見てしまう。
まず、大体の方が500mlのロング缶を持っている事が多い。
ちなみに、飲む福祉と言われる ストロング ゼロ系を持ってる方に お会いすると ワクワクするのだが ストゼロを 外で一人で飲んでいる方は殆どいない。
やはり 清く正しきストゼロ民は家の中で カーテンを締め切った部屋で 罪悪感をつまみに飲むのが正しいお作法なのだろう。流石 ストゼロ民さま、わかってらっしゃる。
あと、ハードリカーを瓶ごと持って飲みながら歩くという気骨のある御仁も今のところお会いした事がない(洋画で見るような 茶色い紙袋に入れながら飲む…みたいな感じ)。
それにしても、これらの(飲みかけの)アルコール飲料を片手に歩いている方は「外出先で 呑まなければならない人」なのだ。
しかも 貴重な状態を味わっている人なのだ。

普通の人は わざわざ外出先で この観光地でもない街中で アルコール飲料を昼間から片手に飲みながら歩くようなことはしない。
単なるアルコールが好きな人でも わざわざ外で飲む人はいない。
普通の街中でアルコール飲料を飲みながら歩いている人は「アルコール好き」でなおかつ、「外でも 呑まないといられない」人だ。
アルコール依存に片足を踏み込むと、外にでてもアルコールを飲んでみて、なにか発見があるのではないかという儚い期待を持つ時期がある。
そして、その人は なにか発見ができたのだろうか?それは本人にしかわからない。もし、その日、その人に何か新しい発見があったのであればラッキーであり、私は祝福したい。
どこかの街を探索という特別イベントのお供に酒を飲んでいるという ワクワク 缶 感。
ただ、個人的に言わせてもらえば そういう蜜月期間も 残念ながら長くは続かない ということだ。というのも、酒を飲みながら外を歩くのは結構 重労働なのである。
つまり、外出先で歩きながら酒を飲み 酔いを楽しむには体力が必要なのだ。
アルコール依存症になると 体が不調になってゆくので体力が次第に削られてゆく。HPのMax値が低くなってゆくのだ(ちなみに、体調が崩れていくということは、寝てもMax値が回復しないということだ)
よって、外で歩きながら酒が飲めるのは 外でもアルコールが飲みたいアルコール依存症に片足を突っ込んでおり、なおかつ まだアルコール依存症で体調を崩すほどには深刻になっていない という貴重な時期を味わっていることになる。
私もある時期は、同じように外に出たときにニッカウィスキー(小瓶 50ml)を飲みながら歩いていた頃があった(ちなみに、味は嫌いだったので コンビニで買って、味わうことなく なるべく一口に飲み下していた)
最初の頃は なんだか開放された気分で楽しむことができたものの、残念なことに回数を重ねるとだんだんと楽しめなくなってくる。

次第に「外の散策のお供に酒を飲む」より、「昼間から ただ単に自分の部屋で酒を飲む」方が体力的には疲れないし、お得という真理に開眼する。
こうなると昼間からの飲酒に「散歩」という免罪符は不要になり ド直球に昼間から酒を飲むようになる。
そして、私は 昼間からアマプラを見ながら、時には ゲームをしながら酒を飲むようになった。
一人で孤独に飲む酒は 日を増すごとに量が増えてゆく。
ウィスキーのようなハードリカーでは あまり酔えず体調が悪くなるようになり、すこし度数を落として 安いワインを大量に飲んだり、ウィスキーのチェイサーとしてビールを飲んだりして自分の体調に合わせて、うまく酔えるゾーンを探す旅に出ることになった。
結局 私は、「宝焼酎 純 20度」(720ml)に落ち着いた。
これは 瓶から一気にラッパ飲みすると鼻の奥に わずかにコーヒーのようないい香りが残るのが好きだった。ちなみに、純には20度と25度があるのだが、25度のほうは 明らかに二日酔いの度合いが酷かった。
よって、純の「20度」が 二日酔いでも なんとか耐えられる範囲であった。
今思うと、この時期を境に 私の人生が次第に 小さなきしむ音を立てて、破滅の方向に少し傾き始めていたんだと思う。
だから、街中で昼間からお酒の缶を飲んでいる人を見るとちょっと微笑ましいのだ。
「まだ大丈夫な状態なんだな。でも、お酒は ほどほどにね」という気持ちになる。
