【短編小説】珈琲フィルターメンタル女
◇
今日「も」あたしは、心が折れた。それはもうポキッと。そんな名前のお菓子なかったっけ。考えてたら久しぶりに食べたくなった、帰りにコンビニ寄ろう。それにしても何度折れたらあたしの心ってやつは頑丈になってくれるんだろ、といくら考えたところでかるーく折れてしまうこの弱っちい心は強くはならなくて、関係ないことに思考を飛ばしながらなんとか気を紛らわせ、先輩の雷が過ぎ去るのを耐えていた。幸い、雨はまだ降っていない。一雨来る前に雷、おさまってくれ頼む。
「ちゃんと話きいてんのかお前!!」
あ、だめだまた雷落ちてきた。仕方ないえーっと、今はなんで怒られてるんだっけ。あぁそうだ、メールの返信遅いって言われてるんだ。でもあれ期日、4日後じゃなかったっけ。先にこっちの仕事片付けようとしてて、そしたらまだかって言われて・・・え、これあたしが悪いのかな。あれ?
「そんなんだからお前は仕事できないんだよ!」
あ、また落ちた。やっぱりあたしが悪いのか、そうなのか。あららやばいこれは天気崩れるぞ。ただでさえ最近は不安定な空模様が続いてるってのに。最後に晴れたのいつだったっけ。おちおち洗濯も干せないじゃん。また部屋干しかなぁ。
「・・・またか。泣けば済むと思ってんのか?」
いやあの、雨が降るかどうかなんて個々の裁量で決められないじゃないですか先輩。神じゃないんですこちとら。心のキャパシティ超えたら溢れるんですよすみませんって。なんなら折れてますから、ヒビ割れてますから心。水漏れもするんですよごめんなさいって。ああもう。
「ほんっとお前、メンタル弱いな。だからダメなんだよ」
今日の天候、午後から大荒れの模様。
◇
コンビニに寄った。お菓子はなんとなく気が乗らなくて、無糖の缶コーヒーをひとつ手に取っていた。店員さんの無感情な挨拶を背後に浴びながらの帰り道。【#メンタル とは】でググってみては、思いっきり息を吐く。全部全部吐き切る。よわっちいメンタルが吐く息に溶けて体内から全部出てって、吸う息と共に強靭なメンタルが入ってくればいいのに、とかそんなことが頭の中で流れてる。考えてはいない。考えるだけの気力は残ってない。
「精神面、また、心の持ちように関すること、ねぇ。」
あたしだって好きでこうなってるわけじゃないんだけど。どうやら感情メーターが基準値を超えると自動的に雨が降るシステムらしい。なんてめんどくさいんだ、あたしの心。悲しくても悔しくてもうれしくても楽しくても、どんな感情でも超えたら雨か。年がら年中梅雨なのか。思いっきりコーヒーを流し込む。にが。普段ブラックなんて飲まないし。
わるいのか。あたしが、メンタルが弱いから、悪いのか。悪なのか。
「んあ。・・・もしもし、」
着信は親友からだった。知り合ったのは中1で、今年で親友10年目。
『もっしもーし・・・ありゃ。元気なさげ?』
「うんにゃ、今日も元気に心折れてるよー」
『なんだー?どしたどした』
「メンタル、弱くて。悪いやつなんだってあたし」
思わず、こぼした。今日のことを話した。昨日のことを、4日前のことを、先週のことを、2週間と2日前のことを。堰を切ったように言葉が出てきた。雨が降ってきた。傘はもっていなかった。
メンタルが弱い、心が折れる、ダメな奴、悪、ああもう土砂降り。
『メンタルが弱いイコール悪だなんて、だれが決めたんさ?』
「え。」
『んー、正義の味方は悪を倒すけど、悪側の事情なんて見てないじゃん?悪だってさ、家族養うために働いてるだけかもしんないし。正義の味方が悪だ!って言ってるだけで、悪の世界の人間は”正義の味方こそが悪だ!”って言ってるかもしんないじゃん。っていうかそもそも自分がいるところが悪の世界だなんて思ってないかもじゃん!』
「・・・なにそれ、何の話。ちょっとよくわかんないんだけど」
『えー?なんていうか・・・ほらぁ、世界って広いしさ。弱い=悪いの人がいれば、弱い=良いの人がいるかもじゃん!っていうかそもそも、強いか弱いかの2択って勿体なくない?心なんて自由でいいはずなのになんで2択やねん、ってうちは思うわけよ。』
相変わらず突拍子もないなぁこいつ。雨脚は弱まっていた。
「・・・メンタルって強い弱い以外に、なにがあんの」
『え、そう言われると・・・ちょっと待って考えるわ。うーん・・・メンタルが・・・メンタルが綺麗、メンタルが跳ねてる、メンタルが可憐、メンタルがウェルカム、』
「メンタルがウェルカムはちょっともうよくわかんない・・・」
『え、うちってメンタルウェルカム感ない!?』
メンタルがウェルカム。何言ってんだこいつ・・・と思ったけど、言われてみるとわからなくもない、かも。誰に対しても心を開いてるっていうか、懐が深いっていうか。
『あんたはなぁ・・・あ、メンタルがコーヒーフィルター!』
「・・・は?」
思わず身を乗り出していた。雨はとっくにやんでいた。
『コーヒーフィルターって薄い紙みたいなやつやのに、あっついお湯注がれても破けんやん?豆をしっかり受け止めて、時間かけて丁寧にじっくりうまみをチュウシュツ?して、おいしーい至極の一杯!みたいなのつくり出すやん。あんたのメンタルはそれや!』
どこの世界にメンタルがコーヒーフィルターなんて言い出すやつが存在するんだ。あ、いやここか。っていうかあんたコーヒー飲まないじゃん、よくフィルターの存在思い出したな。・・・いやどういうこと??
頭のなかはクエスチョンマークで埋め尽くされている。ぬかるんだ地面はとっくに乾いていた。
『まぁ紙やから?強い力で引っ張られたら破けてしまうかもしれんけどさ、違うんよ。あんたの長所はそこやない。苦しいことがあってもしっかり受け止めて、それをむやみに周りに吐き散らさんで、最善をきちんと探せる。あんた昔からよく悩み相談とか受けてたやん。あれ、皆あんたやから相談してたんよ』
「なにそれ・・・どういうこと」
『「先輩は最後までちゃんと話を聞いてくれてしっかり向き合ってくれる、苦しい話や苦い感情もいっしょに、丁寧に聞いてくれる、そのうえで欲しい言葉をひとつひとつ、伝えてくれる・・・だから先輩に相談したくなるんですよねぇ!」って。いーっつも後輩ちゃんたちが話しとったわ。うちは話聞いてあげるんはできても、最適解探してやれんから、その辺の相談はあいつにしぃっていっつも言ってたし。』
雲の隙間から、少しだけ光がさしていた。
『人間がこの世界に何百万人いると思ってん!そんなにいたら強いか弱いか2択でおさまるわけないやん!』
「何百万って桁少なすぎ。70憶人ぐらいいるでしょ人口」
そうだ、世界には70憶人もの人がいるのだ。あたしが、メンタルの弱いあたしが、あたしだけが悪なのかと、おこがましくも思っていた。違うじゃん。
悪いことじゃない。涙止まんなくても、ただそれがあたしだ。
「・・・やっぱすごいわ。さすがメンタルウェルカム人間」
『珈琲フィルタ―メンタルも唯一無二やと思うわ。』
「名付け親あんただけどねそれ。んでどうしたの」
『そうや!ちょっと聞いて~!』
親友の愚痴を聞きながらコンビニへと踵をかえす。先ほどは手が伸びなかったお菓子と、お湯を注ぐだけのインスタントのコーヒーを買って、雨上がりの空気を突っ切って、急いで帰る。
お気に入りのマグカップにフィルターをセットし、お湯を注ぐ。立ち込めたコーヒーの香りを思いっきり吸い込んで、チョコたっぷりのスティック状のお菓子を咥えて、思いっきり音を立てる。小気味よい音が独り暮らしの部屋に響いた。
うん。明日は久しぶりに、晴れるかも。
【「メンタルが弱い」ってわるいことなんだろうか。これだけ人がいたら、強いか弱いかの2択にはならないんじゃないかな。】2019.6.21
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本日は小説風にリライト。あまりこの感じは書いたことがないのでちょっと新鮮ですね・・・。
何をもってメンタルが弱い、と定義するかはあいまいですが、わたし自身はわりとメンタルが弱いほうだと思います。すぐに凹むし、「自分が悪いんだー」って落ち込みがち。だいぶ改善されたかなぁとは思うのですが。
でも、弱いことが悪いこと、ではないんですよね。
メンタル、いろいろ表現できそうですよね。心は自由だし!メンタルがターミネーターなんてのも考えてました。とりあえず強そう。メンタルがメタモンとかもありかな・・・柔軟に対応できそう・・・あとはなんだろう、メンタル時報とか、絶対にブレない感じで。
あなたのメンタルはどんな色ですか、どんな形してますか。
こちらに参加しています。4日目、今日は雨じゃなかった。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。何かあなた様の心に残せるものであったなら、わたしは幸せです。