サンタクロースは運命を繋ぐ #2020クリスマスアドベントカレンダーをつくろう
「運命の出会いってさ、あると思う?」
「あら、今日は恋のお話かしら?」
「こーゆーの、恋バナって言うんだよキヨちゃん」
キヨちゃん家のこたつで、キヨちゃんが淹れてくれた梅昆布茶をちみちみすすりながら、あたしは彼女に問いかけてみた。
キヨちゃん。
あたしの友達。干支4週分くらい歳が離れてるけど友達。
高校入学と同時に母さんとこのマンションに越してきて、そしたらお隣に住んでたのがキヨちゃんだった。あたしは学校へ行くとき帰ってきたとき、たまに見かける白髪美人のマダムが気になって気になって……そんでまぁ紆余曲折あって、お友達になったのだ!
こんなに若いお友達ができて嬉しいわ、と花が咲くみたいに笑うキヨちゃんは、しょっちゅう遊びにくるあたしとの時間を、結構楽しんでくれているらしい。こんなおばあちゃんと遊んでくれてありがとうね、なんていつも言ってくるから、あたしの方こそだよ!って言葉を返す。母一人子一人で暮らすあたしにとって、寂しい夜にいっしょにいてくれる相手は貴重なのだ。母さんだって最初こそ「ご迷惑でしょう!」とか言ってたけど、キヨちゃんの人柄に親子共々惚れ込んでからというもの、キヨちゃんの好きそうな出張土産をしょっちゅう買ってくるようになった。それくらい、キヨちゃんは魅力的で、あとちょっとだけ、不思議な人。
「学校で今日そんな話になってさぁ。今の彼氏は運命の相手じゃないーとか、運命の相手は絶対彼だーとか。いや知らんし。そもそも運命の相手ってなに?ビビビってくるもんなの?いやもういっそ好きってなに?とか、なんかいろいろ考えてたら、わけわかんなくなった」
「あらあら、まりあちゃんの可愛いお顔にしわが寄っちゃってるわよ」
思わず眉間に皺を寄せて机に突っ伏すあたしに、キヨちゃんが笑いかける。
「可愛いって言ってくれるのキヨちゃんぐらいだよー……ってゆーかあたしとしてはキヨちゃんがずっと独身だって方が意外なんだよねぇ。ぜっっったいモテてたでしょ!」
黒染めしてをしていない白髪はしんしんと積もる雪のようで、ぱっちりした目と通った鼻筋、それでいて笑うときゅっとえくぼができて、なんかこう、可愛いと綺麗と上品のハイブリッドだと思う、キヨちゃんって。……いや、絶対モテモテだったと思うんだけど。
「ふふ、想ってくださる殿方がいなかったわけではないわね」
「ほらやっぱり~……でも結婚しなかったのって、あーこれ聞いていいのかな……なんか理由とかあるの?」
その気になれば選り取り見取りだっただろうに、と心の中で思いつつ。つっこみすぎかな、なんて少しだけ頭をよぎったけど、好奇心には勝てなかった。
「そうねぇ……運命の相手よりも愛せる人に出会わなかった、かしらねぇ」
へぇ……ん?
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「……え、キヨちゃんの運命の相手!?いやでも独身……あれ!?それって本当に運命の相手なの?え、え、っていうかキヨちゃんの恋バナとかめちゃくちゃ聞きたいんだけど!!どんな人!?」
眉間のしわがパッと溶けて、表情が明るくなったまりあちゃん。くるくると変わる表情は、本当にいつもこちらを楽しい気分にさせてくれる。
恋の話なんてもう何十年もしていなかったけれど、こうやって随分と若いおともだちがいっしょに時間を過ごしてくれるものだから、私まで若くなったような気がして。ちょっと気恥しい、けど大切なあの頃の出来事が昨日のことのように思い出せてしまう。
長く生きてきて、それなりに出会いも別れも経験してきたけれど、「運命の相手」というのであればやはり彼以外には考えられないのだ。
「若い頃、ツアーの添乗員の仕事をしていたことがあってねぇ。当時は日本国内だけではなく、そう、海外にも何度も足を運んだわ。」
今でも、その視界の先に広がった景色を鮮明に覚えている。
「フィンランドへ行ったときのことなんだけれど。滞在期間中、夜は添乗員も自由に過ごせる時間があってね、なんだか少しだけお酒が飲みたくなっちゃって、」
大通りから少し外れた路地の、赤レンガの壁に吸い込まれるように。
「立ち寄ったバーで、彼と出会ったのよ」
ガラン、と渋めの音のベルがなり、重たい扉を開けたその先。ぽつんと空いていたカウンター席に座る、と。
隣りの席にいたのが、彼だった。
注文したお酒が偶然いっしょ、きっかけはそれだけ。ふくよかな体形、柔らかな眼差し、穏やかな性格。耳に届く声は低すぎず甘すぎず、笑うと八の字になる眉。すべてが好ましく見えて。
「運命の相手と出会った時には衝撃で電流が走る、なんて聞いた事があったのだけど、」
ビビビッ!!……というよりは、心臓の奥の方からピリピリとあたたかく甘く痺れていく感覚。
この人だ、と思った。
「それから帰国するまで、毎晩そのバーに通ったわ。どうか今夜も彼に会えますように、って毎日祈りながら。」
-明日はここへ?
-そのつもりだよ、
携帯電話なんて便利なものがまだ存在していない時代。毎晩交わすその口約束に縋るしかなかった。彼も私との逢瀬を楽しんでくれていたようだし、嘘をつく人にも見えなかった。それでも絶対に会える保証はなかった。
夜な夜な、バーで語り合う。ただそれだけの関係。
それでもしんしんと心に降ってくる愛おしさは、溶けることなく静かに積もっていく。どうしようもなく、好きになってしまった。
「……フィンランド滞在の最後の日にね。告白しちゃったの。彼、すごく驚いていてね。その顔を見ていたら、なんだか返事を聞くのが急に怖くなっちゃって。『もしもOKだったら、明日19:00に空港へきて』なんて言い残して帰ってしまったのよ、私ったら。」
次の夜、約束の時間。
彼の姿を見ることなく、私はフィンランドを後にした。
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「……え、振られたってこと?キヨちゃんが?」
信じられない。いや確かに昔は携帯電話もないし?遠距離恋愛……しかも国を超えてなんて現実的じゃない、かもしれない、けど。でも、それでも、キヨちゃんほど魅力的な人が運命だと思える相手に出会ったんなら、なんかこう、成就しててほしいって思っちゃうじゃん。
「ふふ、それでも私の運命の相手は彼だし、彼を好きになって良かったと思っているのよ。」
「でも、でも一緒にはなれなかったんでしょ……?」
「……実は彼ね、
サンタクロースだったのよ」
唐突な告白に驚いて、梅昆布茶でむせた。
「は!?いやいやいや……え?サンタ?へ?」
「信じがたい話かもしれないんだけれどねぇ、これが本当なのよ」
訳が分からず困惑するあたしに、懐かしそうに、愛おしそうにキヨちゃんは語り出した。
「日本に帰ってきて、その場で返事を聞かずに逃げてしまったこと、すごく後悔したわ。彼からの言葉だったのに、ちゃんと受け取れば良かった、って。
でもそれからしばらく経って、たまたま本屋に寄ってね。そこに置いてあったポストカードの中に、彼がいたのよ。サンタクロースの姿をした彼が。私、いてもたってもいられなくって!生まれて初めてサンタクロースに手紙を書いたわ。」
キヨちゃんの口から次々と語られる衝撃の事実に全然頭がついていかない。でも子供みたいに笑うキヨちゃんはすごく、すごく楽しそうで。
「そしたらね、なんと彼から、サンタクロースからお返事が届いたのよ!すっかり忘れていたんだけど、彼と約束した日ってクリスマスイブだったのよね。プレゼントの準備で目が回る程忙しくて、どうしても空港まで来られなかったんですって。お手紙にね、そう書いてあったの。君の気持ちに答えられなくてごめんなさい、でもありがとうって。手紙を読んだ途端、あぁ彼はちゃんと私の気持ちを受け取めてくれたのね、って嬉しくなっちゃったわ。」
ツッコミどころが多い、いやツッコミどころしかない。運命の相手がサンタ?手紙送ったら返事がきた?それが彼本人?
そんなミラクル有り得ない……けど、キヨちゃんなら、キヨちゃんだったらそんな奇跡を引き起こしそうな気も、する。だってキヨちゃんだし。
「そのときからね、サンタクロースである彼が世界中の子どもたちを幸せにするために頑張るのなら、私もそのお手伝いがしたいと思うようになってね。私、おもちゃメーカーに転職したのよ。それと、クリスマスの日だけはボランティアでね、毎年サンタのおばさんやってたわ」
ふと壁に目をやるキヨちゃんの視線を追って、あたしの視界に飛び込んできたのは
真っ赤な服に真っ赤な帽子、サンタのキヨちゃん。
「この年は児童養護施設に、このときは確か……そうそう、病院だったかしら。こうやって毎年、ご両親のいない子供たちの元へプレゼントを届けに行ったのよ。」
写真の中のキヨちゃんは、プレゼントを受け取った子供たちに負けないぐらい幸せそうに笑っていた。
「彼は、私のパートナーとしての運命の相手ではなかったかもしれないけど、私の人生に生きがいをプレゼントしてくれたわ。運命の相手ってね、必ずしも『結ばれる』という運命だけではないと思うの。生きる道を示してくれた彼は、私にとってはやっぱり運命の相手なのよ」
結ばれなくても、運命。
その運命は、キヨちゃんの生き方を変えた。キヨちゃんサンタと出会った子供たちに、幸せを与えた。こうして今、キヨちゃんと出会えたあたしにも。
「結局のところ、何を運命だと思うのかは自分次第かしらね。まりあちゃんがこれが運命だ、と思えば、その出会いはきっと、まりあちゃんの運命の出会いなのよ。」
あたしが運命だと思えば、運命。
家を出ていった父さんのことも、第1志望に落ちたことも、キヨちゃんという友達ができたことも、もしかしたらあたしがあたしである為の運命、なのかもしれない。
「キヨちゃん、それならあたしキヨちゃんと出会えたのは、運命だと思う」
「あら、私もまりあちゃんと出会えたこと、運命だと思ってるわ」
サンタさん、キヨちゃんと出会わせてくれてありがとう。
「……キヨちゃん、今年のクリスマスはうちでパーティしようよ。母さんも仕事休みだって言ってたし!」
「あら、いいの?それじゃあお邪魔しようかしら。」
「やった!母さんも喜ぶよーいっつもずるいずるいって言ってたし。あ、母さんお星さまパイ作るって言ってたから、超楽しみにしてて!まじでめっちゃおいしいから」
「……お星さまのパイ?」
「そう!なんか結婚したときに、おじいちゃんの好物だーっつって、おばあちゃんに教わったんだって。って言っても父方だから、あたしは会ったことないんだけどさ」
『誰かの幸せを願える人へ、サンタクロースは奇跡を運ぶ。』
百瀬七海さんの素敵な企画に参加させていただきました……!初めてプロット(のようなもの)を書いて、最後まで書ききった小説です。小説、と言っていいのか少し不安なくらいです、が。
今私が持っている力、すべてを注ぎ込みました……!
また改めてこの作品について、あとがきnoteを書きたいなぁと思っています。
自分の作品書きあげるまでなかなか他の作品をめぐれなかったので、やっとこれでめぐれます嬉しい。
ちなみに最終日のクリスマス当日は誰でも参加できる特別な日!
ご興味ある方はこちらの記事へどうぞ!
なんだかプレゼント交換みたいでワクワクしますね。
素敵なクリスマスが皆さんに訪れますように。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。何かあなた様の心に残せるものであったなら、わたしは幸せです。