王子候補は他をあたって。
「もう、いいや。」
送られてきたメッセージを見て、僕はそっと携帯を置いた。返事はしない。いわゆる既読スルー、というやつだ。これできっと、あの人はまた悲劇のヒロインになるのだろう。さしずめ僕はヒロインを虐げたモブAってとこか。こないだまでは姫を救う隣国の王子、ぐらいの位置にはいたのかもしれないけど。
◇
社会人になり、職場と家を往復するだけの日々が始まって数ヵ月。ふらっと遊べるような友人は、遠く離れた地元にしかいない。人恋しくなって、なんとなくSNSを始めた。とりあえず、同じ本好きの人でも探してみようか。
仕事の合間のSNSは、思いのほか僕の生活に潤いをもたらしてくれた。本好きの人ばかりをフォローしていたこともあり、タイムラインは常に大好きな本の話題で埋め尽くされている。そのうち、たわいもないリプライを飛ばしあうフォロワーも増えた。稀に仕事の愚痴をSNSで零すこともあったけど、その度に皆で励ましった。画面の向こうの、顔も知らなければ本名も知らないような人たちと支えあいながら、日々を過ごしていた。
彼女も、そのうちの1人だった。
同じ作家を推している、と書かれたプロフィールを拝見して、嬉しくなってフォローしたんだったと思う。あまりその作者について話せる知り合い、いなかったんだよね。その日のうちにフォローが返ってきて、それから時折、推し作家について話をした。
明るく優しい彼女だが、ふとした時に見せる陰のような、歪みのような、そんな違和感を同時に持ち合わせていた。
◇
次第に、彼女に感じる違和感の正体が見えてきた。
いわゆる「悲劇のヒロイン」なのである。
【私なんて】から始まる自虐が、定期的にタイムラインを流れてくるようになった。そのたびに「そんなことないよ!」という慰めの言葉が彼女に集まっていく。あぁ、またこの流れか。
彼女と知り合った当初は、僕も随分と心配をした。
僕自身、仕事の愚痴を聞いてくれたフォロワーに対しての感謝もあったし、逆の立場になったら今度は僕が誰かの支えになろう、と小さな決意を胸に秘めていたこともある。度々落ち込む彼女に【そんなことないですよ、一緒にお話しできて嬉しいです!】なんて言葉をせっせと送っていた。
彼女は【そうやって言ってくれるの〇〇さんだけです・・・ありがとうございます】と、僕だけに心を開いているかのような、そんな返事をしてくれた。
これも錯覚に過ぎなかったというか、僕の勘違いだったというか、もう恥ずかしいから忘れたいのだけど。
◇
彼女が悲劇の中心で嘆くたびに、僕は手を差し伸べた。
ただどれだけ彼女の魅力を訴えても、彼女の素晴らしさを説いても、その瞬間は僕の手を取ってくれるのだが、時が過ぎれば彼女はまた闇の中に囚われてしまう。ギャルゲーのストーリーを周回させられている気分だ。両想いになった瞬間にリセットされ続けては、さすがに僕も心が折れそうになる。
それでも、頼ってくれているのなら、僕に心を開いてくれてるのなら、突き放すわけにはいかない。彼女がその瞬間だけでも救われるなら、手を差し伸べ続けなければ。
そんな使命感は、いとも簡単にぽっきりと折れた。
◇
【〇〇さんに関係ないです、ほっといてください!】
目を疑った。僕、何かしたっけ。
いつも通り、彼女が闇に囚われてたから、これまたいつも通り、手を差し伸べただけなんだけど。
【大丈夫ですか?また何かあれば話聞きます】って、そんな逆鱗に触れる言葉だったっけ。この間も、その前も、たしかその前もこの言葉を選択して、そしたら画面に収まりきらないくらいの長文自虐DMが送られてきて、彼女が落ち着くまでひたすら慰めて、「ありがとうございました!〇〇さんがいてくれて良かったー!」ここまでワンセット。・・・いや、選択肢間違ってないと思うんだけど。でも返ってきたのは、僕を突き放したこのメッセージ。
・・・あぁ、そうか。
彼女の支えになればと思って、毎回手を差し伸べて、自らを傷つける彼女の手をとって、あなたは素晴らしいんだと言い続けて、それもこれも、彼女が僕を頼りにしてると思って、やってたんだけど。
「誰でも良かったんだ」
口に出してみると、その考えがいやにしっくりきた。自分の顔から表情が消えていくのがわかった。同時に思考がクリアになって、冷静になって、全部ばかばかしくなった。
もしかしたら彼女、虫の居所が悪かったのかな。んで、虫の居所が悪いからって八つ当たりしていい相手だと思われてるのかな。よく考えたらそこまでの距離感じゃないよな。SNSで知り合って数ヵ月。僕、あなたの親でもなんでもないんだけど。
それか、試されてんのかな。「突き放しても〇〇さんなら追いかけてきてくれるよね!」ってこと?その試し方で、僕が傷つくかもしれないって想像は微塵もできないんですかえぇそうですか。そりゃ相手が、例えば10年来の親友だとか、ずっと憧れてる人だとか、そういうんだったらまぁ追いかけるかもしれないけどさ。改めて考えるけど、そういう距離感では、ないよな。
「・・・もう、いいや。」
送られてきたメッセージを見て、僕はそっと携帯を置いた。返事はしない。いわゆる既読スルー、というやつだ。
ほっといてください、と言われたから、お望み通り放っておくにする。嫌がることをして嫌われたいわけじゃないし?ヒロインの望みを叶えるのが僕の使命だー、なんて。
ばかばかしくなって、思わず自嘲的な笑みを零した。
◇
【信じてたのに・・・そうやって突き放すんだね。やっぱり私を好きになってくれる人なんて、いないんだ・・・】という彼女のツイートを見かけたときは、思わず頭を抱えた。いや突き放したのあなたでしょ、と。
このツイートが果たして僕のことなのかどうか、もう確かめようがないけど。知らない間に外されていた僕へのフォローが、証拠だったりして。
彼女の「長文DM慰めタイム」が僕の生活からなくなって、好きな本を読む時間も増えたし、気の合う他のフォロワーと本について語り合う時間も触れた。QOLは右肩上がりだ。
今も変わらずあの人は、悲劇のヒロインをやってるらしい。わらわらと王子候補たちがツイートに群がっている。そのヒロインを救うためには、相当の覚悟が必要だから、ぜひ頑張ってくれ。
残念ながら僕じゃ君を救う王子には到底なれそうにないから、王子候補が見つかることを遠くから祈ってるよ。
そうひとり呟いて、読みかけていた本に手を伸ばした。
=========
【寂しい人なんだなぁと思う。
でもその寂しさを拾う役目は僕じゃないし。
「突き放してもそれでも手を伸ばしてくれる」のは、それまでに手を伸ばしたいと思える関係性が築けているからであって。】2019.8.5
久しぶりにツイートのリライトでした。小説風に書き直してみましたがどうだろう。
突き放したくて突き放すなら、それもその人の自由かなぁとは思います。
ただ愛情を確かめるために突き放す行為は、非常に危険な行為でもあると思うんですよね。
突き放すなら突き放しきってくれ。突き放しておいて、「自分を追いかけてくれない!」って泣くぐらいなら、突き放さないでくれ。頼むから。突き放される瞬間どうしても傷を負うんだこっちは。
当時の出来事を、無事に消化できた気がします。
こちらに参加中。53日目。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。何かあなた様の心に残せるものであったなら、わたしは幸せです。