多分アルカラのCDを貸していた人
私は人間として結構パッとしない側の存在だと自覚しているのだけれど最悪な事にかなり恋多き人生を歩んできた。最近ずっと頭の奥がヒリヒリしてないのは多分恋愛をしてないからで自分が人間じゃなくてヒトモドキである事を忘れそうになっているのも多分そのせい。忘れるな俺。お前は人間じゃない。
先日誰かに「夢に山椒魚さんが出てきたよ」なんて事を言われて少しドキッとした。コレはときめいたわけじゃなくてある人の事を思い出したのだ。
20歳の頃か21歳の頃か、もしかしたら19歳の頃だったかもしれない。少なくともその時の私は今乗っている車の1つ前の車でその人とよく出掛けていた。
彼女と何をきっかけにして出会ったのかは覚えてないのだけど多分誰かの紹介、というか友達の友達だったと思う。彼女は当時大学生で私の一つ年下の女の子だった。口元を隠して笑う癖があったのを覚えている。歯並びが悪い事を気にしている。と言っていたけれど私は特段気にはならなかった。
彼女は私のすぐ近所に住んでいて月に1回くらいの頻度で遊んで、たまに泊めてもらったりもしていたのだがセックスをする事はなかった。そして気付いたら私は彼女の事を好きになっていた。多分彼女もそれに気付いていたと思うし、私は彼女が好きな人と肉体のみの関係になっている事も聞いていた。彼女には「それでも良い」とよく私が詰めようとした距離を上手く離されていた。それがむしろ私を彼女に熱中させた様に思う。
遊ぶようになってから半年と少しくらい経った頃、真冬だったと思う。どこに遊びに行ったかはもう忘れてしまったが遊び終わって居酒屋でお酒を飲んで2人してヘロヘロで帰っている時、彼女は「今日の夢にキーさん(そう呼ばれていた)が出てきてね。なんかすごく積極的で焦っちゃった」なんて事を言った。その言葉が俺をどうにも悔しいような悲しいような気持ちにさせて「俺が積極的だったらなんで焦るんだ」なんて事を口走ってしまい、気付いたら私は彼女の外気で冷たくなった手に自分の指を絡めていた。彼女は何も言わなくなってしまって私はいつも駅から帰る道ではなくホテルの方に言葉を発さなくなった彼女の手を引いて行った。10分程度の間ホテルに着くまでにポツポツと2、3何かを話したような気がするけれどそれももう思い出せない。
部屋に着くと「シャワー浴びさせてほしい」と彼女が言ったので私はそれを待っていた。10分だか20分だか待っていたような気がする。長いなと思っていたけれど私はテレビでアメトークを見て待っていた。そしてシャワーから出てきた彼女は真っ赤な目をしていた。彼女は私の顔を見るとまたぽろぽろと泣き出してしまい、私は狼狽えながら「嫌だったんだね」「ごめんね」と謝ったが彼女は首を横に振った。じゃあなんで泣いているのかを聞くと彼女は「好きな人にキーさんの話をしたら『抱かれてきてどんなのだったか教えて欲しい』と言われた」というような事を言った。私は「そっか」とかそんな感じの返事をした。不思議な事に怒りが湧くわけでもなく悲しくなるわけでもなく、ただポッカリとした気持ちだけが残ってしまい「ソイツには俺が飲み過ぎて寝ちゃった。とでも言っといてよ」 なんて事を言って、もう寝よう。と提案した。私は彼女にベッドを譲ってソファで横になった。しばらくの間はすすり泣くような声が聞こえていたし彼女もきっと針の筵の様な居心地だったと思うけれどこれくらいの意趣返しは許されるだろうな。と思っていた。
朝、ホテルを出る時、彼女はホテル代を出そうとしたけれど私は断って全部出した。お互いに無言のまま歩いて帰るのが苦痛だったのでホテルを出てすぐ私は用事がある。とだけ伝えて駅の方へ向かった。彼女が家に着いた頃にいっぱいの文章で「本当にごめんなさい」なんて意味のLINEが来たけれど私は返信をしなかった。そしてやっぱりその後、彼女から連絡は来なかった。貸しっぱなしのCDのタイトルはもう思い出せない。