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フォーミュラE シーズン6振り返り(1/3)
5人目のチャンピオンと死角なしのテチーター
・DS・テチーター(チームランキング1位、4勝、5PP)
2年連続のチームタイトルを獲得し、3年連続でドライバーズチャンピオンを輩出するなど、テチーターはすっかり強豪チームとしての地位を確立した感があります。現在はDSのワークス待遇を受けているとはいえ、テチーターは元はプライベーターとして出発した身。巨大な自動車メーカーの関与が年々大きくなり、勢力図が1戦ごとに目まぐるしく変化する中で、数年に渡ってトップチームとして君臨しているのは驚きというほかありません。
その中で全くの予想外だったのは、移籍1年目のアントニオ・フェリックス・ダ・コスタがジャン=エリック・ベルニュを上回ってチャンピオンを獲得したことです。ベルニュはテチーターで2年連続王者に輝いただけでなく、チームの創設当初より経営に参画しているという点でも「彼のチーム」として多くの人に認識されています。当然このことはダ・コスタも理解しているはずで、その上で他人の庭へとあえて飛び込み、ベルニュを上回ったことは高く評価されるべきです。
ただし、ダ・コスタにとってテチーターは完全なる未知の地であったわけではなかったことは留意しておいてもよいでしょう。このチームの前身はチーム・アグリ。すなわち、他ならぬダ・コスタ自身がシーズン1-2で参戦し、優勝も経験したチームです。当時の代表も変わらずマーク・プレストンでした。レースエンジニアはBMWのGTEでタッグを組んだデビット・ラドゥース。そしてベルニュ自身もレッドブル育成時代以来の仲であり、彼自身がダ・コスタの加入を主導した面もあったようです。
これに加えてダ・コスタの戴冠がサプライズだった理由として、彼がチャンピオン経験者+バードに匹敵するようなトップドライバーなのか?という疑問が少なからず存在していたことがあります。ダ・コスタは前述のドライバーらと同じくシーズン1からの参戦組で、2014年のブエノスアイレスでサバイバルレースを生き残って優勝、この時点では彼らと変わらない水準の評価でした。その後、次第に泥舟と化していったチーム・アグリで踏ん張りますが、シーズン3に移籍したアンドレッティでは低迷。このシーズンは僅か1戦の入賞に留まり、チームメイトのフラインスにも大敗するという「どん底」にまで転落します。BMWが本格的にワークス参入したシーズン5では、2勝目を挙げて終盤まで王座獲得の権利を残すなど、確かに復調傾向にはありましたが、それでもタイトルコンテンダーとしての経験は依然未知数だという見方は根強いものがありました。そうした懸念を軽く吹き飛ばしたことも今期のダ・コスタの大きなポイントだと思います。
ベルリン最初の二連戦の完璧な支配がダ・コスタの王座獲得に大きく貢献したことは明白ですが、彼がマラケシュ戦の終了時点で既にランキングトップであったことは見逃されるべきではありません。初戦のディルイーヤこそ中段に埋もれましたが、サンティアゴでギュンターとのトップ争いを展開して2位に入ると、次戦メキシコでも連続の2位、マラケシュではポールトゥウィンを決めます。今季のダ・コスタは予選での爆発力があり、下位に沈んでも順位を必ず上げてくるペースの良さがあり、集団でのバトルの中でもマシンを壊さない安定感もあり、ほとんど非の打ちどころのないシーズンだったと言えるでしょう。その優位はミシュラン製全天候型タイヤの使い方の秘密からもたらされているという分析もあります。ともあれ、結果としては、2戦を残してのチャンピオン決定、2位のストフェル・ヴァンドーンとの61ポイント差はフォーミュラEの歴史の中でも最大のマージンとなりました。
他方、二連覇王者のベルニュはベルリンラウンドで2回のポールポジションと唯一の勝利を挙げ、ランキング3位へと食い込みましたが、内容からみてもダ・コスタにほぼ完敗と言えます。チャンピオンを獲得したこれまでの2シーズンと比べれば精彩を欠いたのは事実ですが、とはいえ、完全に見せ場のないシーズンだったわけではありません。シーズンのハイライトとして挙げられるのは、体調不良のために金曜のシェイクダウンを欠場しながらも11番手スタートから3位にまで順位を上げたマラケシュ戦でしょう。この一戦のように、持ち前のアグレッシヴさとペースを活かして現役王者の底力を見せるレースがあった一方で、サンティエゴ戦のように冷静さを欠いたレースも相変わらずあるのが彼らしいですが。
来季もベルニュとダ・コスタのコンビは継続される予定で、二人のドライバーは来季もチャンピオンの有力候補となるでしょう。今年はしてやられたベルニュがどのように反撃するのかも楽しみです。チーム体制としても、レオ・トーマス率いる盤石の技術陣はそのままに、新たなチームマネージャーに元ドラゴンのナイジェル・ベレスフォードを迎え入れました。
あえて不安要素を挙げるならば、チーム内で王座争いが勃発した際にチームとドライバーがどのように対応するのかという点となります。既に今季、レース中のアクションを巡って二人のドライバーが無線で不満を表明する場面がありました。サンティアゴ戦ではダメージを負ったベルニュがダ・コスタをブロックしたことに対して、ベルリンでの第1戦ではペースの設定を巡ってチームメイト間で激しいやり取りが明らかになりました。両者の関係は非常に良好なままで、関係悪化を一笑に付しますが、王者争いがタイトなものとなった時にこの関係が続くのかは注目点となるでしょう。
ベルリンの敗者たち
11戦のうち、半数以上のレースが1か所で行われることになったことで、ベルリンラウンドの会場となるテンペルホーフへの適応がチャンピオンシップを決定的に左右することになることは発表と同時に予想されていました。先ほどのダ・コスタ+テチーターがこのラウンドで大きく飛躍したのとは対照的に、ジャガーとBMW・アンドレッティの2チームは後半6戦における絶対的な速さの不足がタイトルへの望みを絶ったと述べても過言ではありません。この2チームのドライバーはブエミやディグラッシ、ベルニュといったシーズン1以来の猛者からの世代交代を予感させるような活躍を見せていただけに、後半の失速は今シーズンの「がっかり」の第一ですね。
・ジャガー・レーシング(チームランキング7位、1勝、1PP)
本人も後に「何が問題だったのか知りたい」と語るほどベルリンでのエヴァンスは悲惨な状況でした。ジャガーの戦闘力は低く、出走グループの不利も予選の不振に拍車をかけます。それでも最後の3戦でエヴァンスがオーバーテイクした車両はのべ32台にのぼりますが、ランキングの順位を守ることすら叶いませんでした。この失速の原因は必ずしも明らかではありませんが、2人のドライバーはいずれも従来のジャガーのマシンの強みであった幅広い操縦性が失われた、と訴えていたことは事実です。
長い中断期間を挟んだために、ベルリンの結果のみからエヴァンスの今季はパッとしないものだとの印象を持ってしまいますが、マラケシュ戦を終えた時点で彼は首位のダ・コスタから11ポイント差の2位に付け、チャンピオン争いの本命と見られていました。トップドライバーとして一気に台頭し、ジャガー躍進の原動力となった昨季の勢いをそのままに、エヴァンスは今季もクレバーなドライブを展開。メキシコシティ戦ではスタートでロッテラーを容赦なく交わした後にレースを支配し、後続に4.2秒の差をつけて優勝します。続くマラケシュ戦ではチームのミスで予選タイム計測を行えず、最後尾よりのスタートながら6位まで追い上げる活躍がありました。メディアからの評価もめっぽう高く、来季もチャンピオン争いに加わる可能性は十分あるように思えます。
今季のジャガーはマシンに課題を残してシーズンを終えましたが、それよりも大きな反省点はエヴァンスの相方に関してでしょう。シーズン5ではピケJr. がシーズン途中で離脱、代役としてアレックス・リンが起用されましたが、後半戦のリンの走りは十分に翌シーズンのレギュラーを狙えるものでした。
ところが、シーズン6に向けてジャガーが選んだのはリンではなく、近年は専らGTでフェラーリを走らせるジェームス・カラド。フォーミュラEで活躍できるか否かは独特なマシンと競技形態にいかに迅速に馴染めるかに左右されますが、その観点から評価すれば、カラドの起用は失敗だったという結論を下さねばならないでしょう。前半戦は堅実な走りで何度かポイントを手に入れましたが、予選ではグループ4という利点を最後まで活かすことができないままでした。チームメイトとの差については記すまでもありません。リンが急遽マヒンドラから参戦して好走したことを考えても、彼のレギュラー昇格が正解だったという思いは拭えません。
そのカラドがWEC出場を優先したため、代役として終盤2戦に起用されたのはトム・ブロンクビストでした。昨年までBMWのワークスに所属していたブロンクビストは、シーズン4にアンドレッティから出場経験がありますが、チーム側の事情で開幕2戦を小林可夢偉にシートを譲っており、十分な経験を積む前に後半戦でステファン・サラザンに交代させられたのはやや酷な状況でした。直前での参戦決定となったブロンクビストは、予選までに1つのセッションしか経験しない中で一度スーパーポールに進出し、決勝はさすがに後退したものの、代役として久々の参戦は及第点以上という印象です。
来季についてはヴァージンからサム・バードが移籍することが既に決定しています。ジャガーが母国イギリス人を求めていることから、バードの移籍は以前にも噂に登ったことがありますが、今やエヴァンスは文句なしのトップドライバーの地位へと成長し、このチームを自身の棲家として確立しています。タイトル未経験ながらシリーズ草創期以来、格段の評価をされているバードにとっても、これまで全てのチームメイトを上回ってきているエヴァンスにとっても来季は正念場となるのではないでしょうか。そして、グリッドでも最高クラスのドライバーを2人揃えたチームもまた、この二人に相応するマシンを用意することが求められます。
・BMW i・アンドレッティ(チームランキング5位、3勝、2PP)
BMWがフルワークスとして参入して2シーズン目となりましたが、複数回の優勝やポールポジションを獲得したチームは、テチーターを除けばこのチームだけ。波に乗った時の速さには目覚ましいものがありました。ただし、インシーズンテストから序盤戦にかけて卓越したポテンシャルを持ちながら、選手権が進むにつれてグリッドの中ほどに埋もれていく光景は昨季にも見られたことであり、今シーズンの特異性に還元しえないこのチームの弱点なのかもしれません。
今年ブレイクしたのはデビューシーズンの健闘が評価されてBMW・アンドレッティに大抜擢されたマクシミリアン・ギュンター。バレンシアテストで一番時計を記録して開幕前から期待株として存在をアピールすると、サンティエゴとベルリンでの2勝で下馬評が偽物でなかったことを示しました。ギュンターの良さはとにかく見ていて楽しませるような勝ち方をすること。初優勝時には最終周でダ・コスタを交わして首位浮上した一方、マラケシュでの2位とベルリンの優勝は首位を伺うバトルの末、最後は追いすがるライバルを抑えきってのチェッカーでした。タイヤやバッテリーのマネジメントに何か秘密があるのか、最終盤のバトルには頭一つ抜け出ている印象があります。
とはいえ、彼には大きな課題があります。彼が獲得したポイントは上で記したニ度の優勝と一度の2位のみ。それ以外は入賞圏外で、3度のリタイアも最多タイです。今後タイトル争いに絡むには、その瞬間瞬間に最善でないマシンであっても一貫してポイントを獲得していくことが鍵となるでしょう。
他方で、アレクサンダー・シムスはギュンターの加入に伴って開幕前にレギュラー継続が危ぶまれ、テストを目前に控えてようやく参戦が確認されるなど不安定な船出。それでもディルイーヤラウンドでは連続ポールと初優勝を経験するなど速さを示します。初戦でポイントリーダーとなったため、以降数戦の予選は低迷しますが、それでもメキシコシティでは18番グリッドから5位まで順位を上げる手堅いレースを展開し、タイトルも十分に狙える位置につけていました。
ところが、ベルリン6連戦で彼が獲得したポイントは僅か3点。これではチャンピオンを狙うことはおろか、最終的なランキングも前シーズンと変わらない13位にまで落ちてしまいました。BMWは2台揃ってベルリンで苦戦しましたが、ギュンターには優勝した1戦があるだけにシムスの苦戦はより深刻です。シーズン終了直後にシムスはマヒンドラへの移籍を発表しましたが、このことがベルリンでの彼のパフォーマンスに影響したというのは考えすぎでしょうか?
マヒンドラに移籍したシムスの後任には公式テストに起用されたマルコ・ヴィットマンやルーカス・アウアーが予想されていましたが、現在は同じくDTMレギュラーを務めるフィリップ・エングが有力視されている様子。エングはポルシェカップからGT3を経てBMWワークスに起用されたドライバーで、フォーミュラ経験は2010年のF2(GP2を受け継いだ現F2とは異なる)にまで遡ります。GT3やDTMでは定評のあるドライバーですが、その速さは未知数の部分が大きいと思います。
ところで、BMWがシムスをみすみす失うことを認める決断をしたのはかなり疑問に感じます。シムスが放出に値するようなミスを犯したり、彼自身が決定的な不振に陥ったわけではなく、BMWとの長年に渡る関係とテスター時代を含めた豊富な経験はチームにとって貴重な資産だったはずです。ダ・コスタに続いて2年連続でエース格の他チームへの移籍を許してしまうという事態を見るに、このチームのドライバーマネジメントを決して褒めることはできません。DTMの不透明な将来が来季のラインナップに影響を与えていることは確かですが、若く、フォーミュラE三年目のギュンターと、このカテゴリーに初めて参加するエングの組み合わせでは、今季序盤のようなタイトルを狙える車を用意したとしても、その速さを確かな強さへと変換することに苦労する可能性があります。
(2/3)へ続く?