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可愛い子には、「ちゃん」をつけよ。

ママ友界隈の話である。

私は「〇〇ちゃんのママ」とは呼ばずに、基本は苗字に「さん」付けで呼ぶのだが、よく話すようになったり、親しみを感じ出したりすると、名前を聞き出し、名前で呼びたくなってくる。苗字だけではもどかしくなり、つい名前を聞いてしまうのだ。

だって、女性にとっては、結婚してからの苗字はその人の歴史の近現代のみで、人生の一部しか含まれていない気がして。
新姓にこそアイデンティティを感じる、という人も中にはいるのだろうが。

こんなことを考えるのは重いヤツだと重々承知しているが、私はその人の過去、今、未来までを意識してコミュニケーションを取りたいので、そのためには、生まれたときからずっと変わらない名前で呼びたい、と思ってしまう。あぁ、我ながら重い。

そして私は、世間話、子どもの話、先生の話などはほどほどに、相手自身の考え方や行動について質問しがちなので、どうしても名前を呼ぶ状況が生まれる。一度も名前を呼び合ったことのないママ友もいるが、それは「ご近所さん」と呼ぼう。

ただ、例えば、ママ友が「北川景子さん」ならば、「景子さん」と呼んでみるも、相手は私の名を全く呼ばないということもある。知子さんどころか、長橋さんとも、〇〇くんのママ、とも呼ばないのだ。つまり、私ばかりが質問して、相手が私に何かを尋ねることがない、そういう関係性もある。

そういうときの選択肢は2つ。
相手が迷惑そうでなければ、そのまま「景子さん」。
相手が私の呼び方に負担を感じている可能性を1ミリでも感じた場合は、「北川さん」にダウングレード。勇気ある撤退だ。

とはいえ、ちょっとした用事で声をかけてくれることもあるので、嫌われてはいないと信じたい。安堵感を抱きながら、よそよそしい呼び名で、最大限の親しみを伝える。これはこれで、親近感の表現を磨く練習になるので、悪くない。 

ただ、時として、「ちゃん」で呼びたい人が現れる。

強い親しみを感じる、自分より若い、可愛い、仲良くなりたい—――。
こうなるともう、「さん」なんてよそよそしい呼び方ではちょっと気持ちが収まらない。感情と言葉が直結するのを理性で抑えるのは苦しい。

ただ、ママ友の世界は、理性で制御すべき世界だ。
相手に「ウザい」と思われて、二次被害的に子どもに迷惑がかかるのも嫌だし、逆に「ちゃん」呼びになったママ友の中では、自己愛が強いとか、依存気質とか、今までにそういう人もいた。呼び方は関係性に影響するので、慎重にすべきだと親になってから学んだ。一体若い頃はどうやっていたのか、思い出せない。

結局、溢れる想いを胸に秘めながら、「北川さん」が多い現状である。
子どもの頃のように、何も考えずに呼びたいように相手を呼べたらいいのにな。

「ちゃん」呼びを続けられる関係は、ごく、一握り。ありがたい存在である。




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長橋 知子
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