ホスト×心理学者。夜の街でウソとホントのあわいに遊ぶ
ホストクラブ経営の手塚マキさんと、心理学者の藤井靖さんが嘘と本当の境界について縦横無尽に話してくれました。
日本を代表する歓楽街、新宿・歌舞伎町。この街で20年以上にわたりホストクラブ、書店、介護など多彩な事業を展開してきたスマッパグループ代表の手塚マキさんと、明星大学心理学部教授で風俗嬢やホストのカウンセリングも行う藤井靖さんが、ホスト業界における嘘のあり方とコミュニケーションについて語り合います。
コロナ禍で客層が激変
手塚 コロナ禍でうちの会社もすごく調子が悪くなって、僕も店に出るようになりました。それまでは、広いマーケット意識を持って書店経営(現在は閉店)やボランティアなどをしていたのですが、コロナで一気にそういった活動もできなくなった。それでうちは売り上げが落ちました。
逆にコロナなんて関係ないと吹っ切れた人たちを取り込んだ店はどんどん大きくなって5倍くらいになった。うちのお客さんが少しずつ戻り始めたのは、コロナが終わってからでした。
藤井 コロナ禍が落ち着いてコアなお客さんだけじゃなく、幅広い層が歌舞伎町に戻ってきた感じですか?
手塚 そうですね。ただ、初めてホストクラブに行くならうちの店というのがコロナ前はあったんですが、今はホストクラブ全体の敷居がかなり下がってしまい、客層も変わりました。YouTubeやテレビのドキュメンタリーなどで水商売の裏側を見せる映像が流行したこともあって、それを見た人たちが芸能人に会いに行く感覚で歌舞伎町に来るようになってしまったんです。
「本当」過剰社会
藤井 今回のテーマ「嘘」でいうと、心理学では「嘘」と「欺瞞」を使い分けるんです。嘘とは意図して虚偽の情報を流して相手をだますこと。もう少し広い概念の欺瞞は、誤った方向に誘導はしているものの、嘘とは限らない。
例えば女性に「私、かわいい?」と聞かれて「う〜ん」と笑顔で返したら、かわいいと思っている可能性もあるけれど、思っていない可能性もある。そういう曖昧さが人間社会そのものなのに、最近は「本当」を追求し過ぎて、本当のことを見せるのが偉い、裏側をちゃんと分かっているのがいい、みたいな感じになってしまっている。
本当が一番大事だと思われている“本当社会”なんです。でも、それでは単純すぎる気がします。
手塚 品もないですよね。僕が思うにホストクラブとか水商売が日本で成立しているのは、察する文化があるから。好きか嫌いか、敵か味方か、追求せず曖昧なところを日本人は楽しめる。
それは、狭い国土の中で、うまく関係性が保てるように育まれたものかもしれません。何でも開けっぴろげに表に出すのを是とする価値観は違う気がします。
ラベリングでラクな関係
手塚 僕は昔からお客さんをカテゴライズするのが大嫌いで、「本カノ」とか「色カノ」というように分けたくない。だってそれは「あなた」と「僕」の関係性であって、誰かと比べるものじゃない。独自の関係だから特別なんです。そこに性愛があろうがなかろうが、その2人にとって心地よい距離感であるという点に魅力を感じさせられたらいい。
でも10年ぐらい前から「私は本カノだ」「あのこは本営だ」とラベリングすることが常識になってしまった。その方が、お客さんもホストもラクなんですよね。
藤井 マニュアル化できますから。
手塚 でも僕はそれでは水商売っぽくない気がして、あまり好きではないんです。
藤井 お客さんが何を求めているかとか、何を与えたら喜ぶかとか、その辺を見極めるのは本当に難しい。それは誰もがなかなかできることではない。しかも、それを教えることも不可能ですし。それで、どんどん型にはめていく。
手塚 中学生が「君は僕の彼女だよね」「俺たち付き合ってるよね」と互いの関係を確認し合って喜ぶのは分かるけれど、大人になってまで付き合っているとか、本命だとか言って型にはまることに喜びを感じるのは不思議ですね。
それよりも自分自身を型にはめずいられること、普段の人間関係においても、その人と自分との関係性がどういうものであるかを簡単に言語化・簡略化できないほうが幸せだと思うんですけれど。
嘘をつくな
手塚 僕はお店の従業員に「嘘をつくな」という教育をしています。要は余計なことを言わなきゃいい。
一つ面白い例があります。従業員で年齢を隠しているやつがいて「いくつ?」と聞かれると、そいつはいつも「非公表」と答える(笑)。若く見
られたいんだと思うのですが、これだと彼の心もラクなんですね。
30歳なのに25歳と毎回嘘をつかないといけないとなると、それが雪だるま式にどんどん大きくなって苦しくなってくる。それを「非公表」で済ませてしまって、それ以上お互いが詮索しないというのは、すごく大人の関係だと思う。その従業員が本当に非公表としてお客さんと接することができれば、自分のプライバシーも守れるし、お客さんが言いたくないことや触れてほしくない部分も侵さずに済む。
藤井 やはり自己開示で自分の情報を出せば出すほど、相手にも情報を求めることになりますよね。そうすると、お客さんも居心地が悪くなったり、関係性が壊れるということにもつながります。
手塚 僕が19歳でホストを始めた時、目の前にあるライターをネタに1時間喋れと言われたことがあります。「相手のプライバシーなんか聞くな。逆にこっちのプライバシーも喋るな。何でもない話しかしちゃダメだ。それでもそこに新しい人間関係を作っていくことが水商売だぞ」と教わって、それは今でもその通りだと思っていますけどね。
嘘を問うことは無意味
藤井 日常的な会話で当たり障りのないコミュニケーションなんだけれども、でも空虚にはならないというのは、すごく腕がいりますよね。手塚 腕はいります。でも、その日の天気だったり、季節のことだったり、誰の側にも立たない会話のきっかけなんていくらでもあると思う。あとは教養も必要でしょうね。
藤井 そういう意味でいうと、嘘か本当かとか、何を話しているか、とかではなくて、そこの雰囲気や居心地、どういう時間を過ごしてもらっているか、ということの方がよほど大事ですよね。
手塚 ホストも接客の最初に鉄板ネタを持ってきてもいいと思うんです。落語家なんて毎回同じような話をするわけだし。そういうコミュニケーションを取っていれば、別に嘘か嘘じゃないかなんて重要なことじゃない。
藤井 心理的アセスメントという僕の研究領域では、水商売などで客が仮に嘘をついたとしても、それは注意を引きたい嘘もあるだろうし、誇大化した自分が好きみたいな嘘もある。だから何を意図して言っているのかという部分さえ見ていれば、嘘をついているかどうかを問うのはあまり意味がないんです。
手塚 そもそも僕らホストは嘘つきだって思われているので、だったら最初から「嘘つきだよ」と大っぴらに言って、全部が嘘の状況を作ってもいいとは思うんです。
でも、そんな嘘つきがちょっと本当のことを言ったり、ゴミ拾いとか柄にもないことをすると、すごく誠実に見られる。これは狙っているところもありますけどね(笑)。
藤井靖さん(ふじい・やすし)
1979年秋田県生まれ。明星大学心理学部教授。2003年早稲田大学 人間科学部人間健康科学科卒業。09年同大学院 人間科学研究科博士後期課程修了。公認心理師、臨床心理士、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所行動医学研究部 客員研究員などを経て現職。都道府県スクールカウンセラーや都内総合病院心療内科・精神科の心理カウンセラーも務める。
手塚マキさん(てづか・まき)
1977年埼玉県生まれ。ホストクラブ、バーなど20数軒を構える「Smappa!Group」の会長。歌舞伎町商店街振興組合常任理事。JSA認定ソムリエ。新宿・歌舞伎町でNo.1ホストとなった後、ホストクラブ、バー、書店、介護など幅広く事業を展開し、社会貢献活動にも尽力。他に歌舞伎町のホストを集めて短歌を読む会を立ち上げるなど、精力的に活動中。著書に『ホスト万葉集』など。
写真=松嶋愛 文=江越美保
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