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江戸の粋・納涼編 ~歴史ガイドが語る江戸っ子の粋な夏の楽しみ方あれこれ

大にぎわいの両国納涼花火

 江戸の夏の大きなイベントといえば、大川(隅田川)両国の川開きです。旧暦5月28日の川開きから川じまいの8月28日まで、両国橋(中央区~墨田区)たもとの広小路や川端に芝居小屋や露店、屋台の夜店の出店が許され、船宿や料理茶屋が客をもてなす納涼船も許可されました。八代将軍・徳川吉宗の時代、享保18(1733)年の川開きに初めて花火が打ち上げられ、これが現在の隅田川花火大会の起源とされています。とはいえ、江戸時代の両国花火は一日限りではなく、3カ月の納涼期間中、夜ごと打ち上げられ、両国橋や両国広小路は連日、見物客で溢れました。
 当時の花火は硝石・硫黄・木炭だけを火薬原料とする〝和火〟で、化学薬品を使ったカラフルな洋火とは異なり、赤色しか出ませんでしたが、それでも趣向を凝らしたさまざまな花火が人々を楽しませました。大店(おおだな)が出資者となって上げた町人花火、諸大名が競い合った大名花火の他、特に人気だったのは尾張・紀州・水戸の徳川御三家によるもの。御三家花火はたいへん豪華だったのです。
 「たまや~、かぎや~」の掛け声で知られる玉屋と鍵屋は、それぞれ江戸を代表する花火師。守護神であるお稲荷さんの狐が鍵と玉をくわえていることにあやかっての屋号だといいます。17世紀半ば創業の老舗・鍵屋から分家する形で玉屋が興り、大川の上流を玉屋が、下流を鍵屋が受け持つことになりましたが、人気は玉屋の方が高かったようです。ところが玉屋は店からの失火により、家財没収、江戸払いとなり、わずか30年余りで廃業に。一方、鍵屋は今なお続いています。

歌川広重「名所江戸百景 両国花火」ミネアポリス美術館蔵


喜斉立禅(二代目歌川広重)「三十六花撰 東都入谷朝顔」 
出典:国立国会図書館「錦絵でたのしむ江戸の名所」 (https://www.ndl.go.jp/landmarks/)

変化朝顔が大ブームに

 江戸時代後期には朝顔ブームが起こりました。町中で早朝に朝顔を売り歩く朝顔売りも多かったようです。御徒町(台東区)辺りには、幕府に仕えながらも騎乗の許されない下級武士、いわゆる〝御徒〟が多く住んでいましたが、彼らの副業の一つが朝顔の鉢栽培でした。植木屋から指導を受けて、長屋の狭い菜園のようなところで栽培し、収入を得ていたといいます。
 突然変異によって珍花を咲かせる変化朝顔の愛好家が増えると、ブームはますます盛り上がり、入谷鬼子母神(台東区)とその界隈には市が立つようになりました。この入谷の朝顔市は一時期途絶えていたものの、昭和23
(1948)年に復活し、東京下町の夏の風物詩となっています。
 さて、江戸の町中では朝顔売り以外にも夏をにぎわす行商人たちが往来していました。

夏の風情を売り歩く

 桶を担いで「ひゃっこい、ひゃっこい」の売り声でやって来るのは冷水(ひやみず)売り。深井戸から汲み上げた冷たい水に砂糖と白玉を加えて売っていました。当時、氷はまだ高級品で庶民には手が届かず、もちろんかき氷屋などもありませんでしたから、この冷水はたいそう好まれたそうです。
 売り声なく、チリンチリンと軽やかな音を響かせながら歩くのは風鈴売りです。金属製の風鈴に加え、江戸後期以降にはガラス製の風鈴が多く作られました。
 「きんぎょ~え、きんぎょ~」は金魚売り。金魚は江戸後期に町人の間にも広まり、金魚玉と呼ばれる丸くて小さなガラスの器に金魚を入れ、風鈴のように軒下に吊るすなどして、涼しげに泳ぐさまを鑑賞することが流行しました。
 虫売りもいて、夏になると、虫かごを満載した担ぎ屋台が現れました。ホタル、カンタン、スズムシ、マツムシ、コオロギ、クツワムシ、タマムシ、セミなどを販売。屋台にあしらった派手な市松模様が虫売りの目印でした。
 家で虫を愛でる一方、風流を好む江戸っ子たちは郊外まで足を運んで虫とともに夕涼みを楽しみました。初夏の夜にはホタル狩り、晩夏から初秋にかけては虫聴き。ホタルの名所としては、神田上水と井草川が落ち合う落合(新宿区)辺りが最も知られ、虫聴きは、マツムシの多い道灌山(荒川区)やスズムシの多い飛鳥山(北区)などが人気スポットでした。

庭で、船で、湯を浴びる

 江戸の町人の家には内風呂がなく、湯屋、今でいう銭湯に行くのが常でした。暑い日に家の庭でよく行われていたのは行水です。たらいに湯や水を張って入り、汗を洗い流しました。
 また、湯屋の軒数がさほど多くなかった頃には、湯船というのもありました。バスタブのことではありません。浴槽を積んだ屋形船、いわば移動式銭湯です。当初は湯を入れた桶だけを積み、行水船と呼ばれていましたが、やがて浴槽が設けられるように。江戸の川や運河を巡り、船頭や船旅の乗客などに重宝されましたが、岸への到着を知らせるほら貝が響くと、近くに住
む町人たちも集まってきました。船上で湯浴みして、そのまま川辺で夕涼みというのは、とても気持ちよさそうです。
 江戸の人々は創意工夫をして涼を味わい、暑い夏も粋に楽しんでいました。皆さまも今年の夏は東京の街を巡って江戸風情をお探しになってはいかがでしょうか。


話・稲本隆司さん(いなもと・たかし)
東京浅草生まれ。東京外語大フランス語科卒、IBM勤務、ニューヨークなどでの海外生活を経て「西洋かぶれのオジサン」となっていたが、歌舞伎鑑賞をきっかけに日本の文化にはまる。江戸東京博物館ボランティアガイドとして56カ国からの来館者に対応。カルチャースクールなどでも多数の講師を務める。

TOP画像:国貞改二代豊国「両国橋夕涼光景」 出典:国立国会図書館「錦絵でたのしむ江戸の名所」 (https://www.ndl.go.jp/landmarks/)


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