人を好きになるということ 2019/03/30 (日記)

高校生のとき、とても仲良かった友人(男)がいた。その友人は、とてもユーモアがある人で、皆からも愛されていた。ただ、根っからのおもしろいヤツ、というよりは、どこか皆に気を使って笑いを取るような、努力しておもしろい人を演じているような人だった。

僕はその友人と一緒にいると、とてもおもしろい時間をすごせたし、気の置けない関係だと思っていた。でも、どうしてだか、それは2人でいるときだけだった。

クラスの皆といるとき、その友人は、皆の空気を察して笑いを取ることをしていた。そして、その笑いを取るモードに入ったときは、なんだか気が許せないように感じていたのだ。今思えば、あまり気にするようなことではなかったな、とは思うけど、その時はすごく重要なことに思えたのだと思う。

2人でいるときは、気を使わず、ありのまま思ったことを言葉にすることができたのだけれど、クラスメイトと一緒にいるときは、自分のこともネタにされるのではないかと思って、自由に話すことができなかった。

いつしか、僕はその友人のことが苦手になっていた。

ある日の休み時間、教室でなにかの節に、他愛のない好きな女の子との話になった。その時に、その友人が、「好きな女の子が、う◯こをすることが信じられない」「お尻の穴があることが想像できない」と言っていた。

そのときは笑い話のような感じで本人もみんな笑っていたが、あながち嘘ではなかったのだろうと思う。

僕は、自分が女だったらそんな人とは付き合いたくないな、と思っていた。

人と接していると、この人は好きだな、とかこの人は少し苦手だな、とか感じることがある。でもそれは、なにをもって好きだとか苦手だとか思っているんだろう。その人を本当に見ているのか。それとも、勝手に何かを投影しているのか。

どんな人にも良い側面もあるし、悪い側面もあるように思える。でも、この人は嫌な人だ、と思ってしまうこともある。

僕は、その人をその人のまま、理解したいと思う。

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