【SS】「お返し断捨離」からの「蒸し返しダンサーに」
結婚して間もなく習い事のダンスを止めることになった。
夫の給料では食べていくのが精いっぱいで、習い事までお金が回らなかったためだ。
私は、ダンスの衣装を見るたびに夫と喧嘩した。
何度も何度も蒸し返して喧嘩した。
ある日夫がこう言った。
「思い出すなら衣装を断捨離しよう。」
と。
平日の昼間、私は断捨離を決行した。
ただし、衣装ではなく夫のプラモデル。
棚を占領している大量のプラモデルは、素人の私がみてもわかるほど丁寧に作られていた。
いったいどれくらいのお金と時間をプラムにつぎ込んだのだろうか。
そんなことも頭をよぎったが、ゴミ袋に詰め込んで捨ててやった。
お返し断捨離だ。
帰宅した夫は怒った。
いや、絶望していた。
小さい声でぼそりと言った。
「君が捨てたのは、プラモじゃない。僕とこの世界を繋ぐ絆しだ。」
しばらくすると夫は家から出て行った。
正確に表現するならばこの世界から出て行ってしまった。
私は、とても多くの物を断捨離してしまったようだ。
【410字】
私は住宅ローンの残るマイホームから立ち退くことになった。
返済の見込みが立たなくなり、銀行が抵当権を行使したのだ。
私達夫婦はほとんど全くと言っていいほど保険にお金をかけてこなかった。
そのため、夫がいなくなっても大した補償は得られなかった。
もちろん団信にも入っていなかった。
ダンシングには熱を入れていたのだが。
私に残されたのは、衣装だけだった。
衣装を見るたびに思い出す。
ダンスを止めざるを得なくなったことを。
何度も何度も蒸し返して喧嘩したことを。
この悲劇の元凶となった衣装達。
いっそ捨ててしまえと思ったこともある。
でも結局捨てられなかった。
多分、この衣装が、私とこの世をつなぐ絆しなのだろう。
私は、夫との思い出を蒸し返して、度重なった喧嘩を蒸し返しダンサーになることにした。
全く論理的でないことは重々承知だ。
趣味で始めたダンス。
食える見込みもない。
でも生あるうちに、存分に踊ってやろうと思った。
女の意地だ。
見ていろよ、夫よ。
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