【ショートショート】平均への回帰と分散
遠くの国で大砲が発明された。しかし、当時の大砲は、仰角と火薬の量だけしか調整できず、作りもずさんで精度は高くなかった。
そして、この新兵器である大砲を買い付けた二つの軍隊が大きな谷を挟んで戦闘を開始した。仮に谷の東側に布陣した部隊を東軍、西側に布陣した部隊を西軍と呼ぶことにしよう。
東軍の将軍は大雑把な人物で、反対に西軍の将軍は緻密な人物であった。
どちらの軍も大砲を一つしか持っておらず、相手の大砲を破壊できれば圧倒的な優位を手にできる。東軍も西軍も相手の大砲めがけて砲撃を始めた。
初弾は、両軍とも敵軍の手前に着弾した。精度の悪い大砲だ。そうそう簡単には当たらない。東軍は、すかさず二発目を装弾し、発射態勢に移る。
西郡は、仰角をわずかに上げ、火薬も少し増やしてから装弾した。
東軍の大砲は、今度は西軍の奥に着弾した。西軍にはまだ被害は出ていない。そしてしばらくしてから西軍の弾が東軍の奥に着弾した。
東軍の士官が将軍に進言した。
東軍士官:仰角や火薬の調整はしなくてよいのですか?
東軍の将軍:必要ない。それより、早く撃て。相手よりもたくさん撃て。
東軍士官:わかりました。
東軍は、大砲や火薬の調整をせずにひたすら砲撃を続けた。
西軍でも、士官と将軍が相談していた。
西軍士官:東軍はどんどん撃ってきますね。あれじゃ、何にも調整していないですよ。
西軍将軍:そうだな。当たらなければ仕方がない。我が軍は、砲撃が相手陣地の手前に着弾したら仰角を上げ、火薬を増やす。奥に落ちたら仰角を下げ、火薬を減らす。そして、徐々にでも着弾地点を相手陣地に近づける。
西軍が大砲を調整している間に、東軍はどんどん砲撃を行ったため、
西軍が1発撃つ間に、東軍は2発の砲撃を行うことができた。
このような場合、どちらの軍に勝利の女神がほほ笑むだろうか。いずれにしろ、確率の世界の事象なので、東軍が勝つ場合も西軍が勝つ場合もある。しかし、両軍がこの戦法で100回、1000回と戦ったならば、勝利の女神は東軍に微笑むことになる。
そして、東軍の砲撃が西軍の大砲を破壊し、西軍の将軍は東軍に捉えられてしまった。
東軍の将軍:残念だったな。大砲を毎回調整していたことが西軍の敗因だ。
西軍の将軍:なぜだ?調整した方が当たるに決まっておろう。
東軍の将軍:この大砲が精度が悪い。調整したところで思い通りには弾は飛んでいかない。こちらの砲撃は、調整せずに西軍の手前と奥に着弾した。大雑把な計算だが、この2弾の平均は、およそ西軍の陣地であっただろう。だから、このまま撃ち続ければ、いつかは西軍に当たる。つまり、正規分布の確率の山のところに西軍を捉えていたというわけだ。
西軍の将軍:そうか。ところで、谷の向こう側に大砲が見えるか。我が軍の援軍が来たようだ。
東軍の将軍:何度来ても同じだ。砲撃開始。
西軍の将軍:西軍には、私同様緻密な人間が多いことを知っているか?
東軍の将軍:それがどうした?
・・・
東軍の士官:こちらの大砲が被弾しました。こちらの負けです。逃げましょう。
東軍の将軍:たった数発の砲撃で当ててくるとは・・・。
西軍の将軍:大砲を改良して精度が上げれば、正規分布の裾野が狭くなることを知らないのか?同じ仰角、同じ火薬の量で、毎回同じ距離だけ弾がとぶならば、調整した方がよいに決まっておろう。
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