スコーンの供養
なんてことはない。アラフォーのおじさんが平日の8時過ぎにスコーンを食べたというだけのお話だ。
自宅に帰ると時計は8時をまわっていた。これから夕食を済ませて昨日作った残り物のスコーンを食べる。サランラップに巻かれて冷蔵庫の中で硬くなっているスコーンを一口ずつ口にいれる。暖かくもないし、昨日よりも大分硬くなっている。しかし、味自体は決して悪くない。3分をせずにスコーンはなくなり、スコーンの供養は成ったわけだ。
新型コロナウイルスが流行しているせいで、あまり外でマスクを外したくはない。つまり、外食もできる限り避けて通りたい。でも、あまりに長い自粛期間で家族のストレスは溜まりに溜まっていた。うちの細君はアフタヌーンティが好きなので、喫茶店に行けないことを時々悔やんでいたのだ。そうだ、今度の休日にアフタヌーンティをしよう。そう思ってケーキの代わりになる軽めのお菓子としてマカロンを探しに行ったんだ。
職場からの帰り道にあるスーパーでマカロンを探した。私自身マカロンが好きなわけでもないし、味の区別がつくわけでもない。とりあえずマカロンを手に入れたかった。色や形はわかるものの、どこに売っているのかわからずにスーパーの中をぐるぐる回り、粉もののコーナーでスコーンの材料を目にした。結局独力でマカロンを見つけることはできずお店の人に尋ねて売り場まで案内してもらった。マカロンを手に取ってレジに並ぶ前にふとスコーンの粉が気になり一緒に買ってしまったんだ。
いざアフタヌーンティをしようというその日の朝、寝相の悪い息子にけ飛ばされて目を覚ましたものだからとても気分が悪く、ちょっと料理をする気にはならなかった。でも一度決めたことはやり遂げたかった。朝からサンドイッチに使うためのゆで卵を作り、ミネストローネの下ごしらえをしたんだ。ミネストローネはブイヨンに玉葱のみじん切りを弱火でじっくり炒めたものに人参の賽の目、そしてカットトマトを加えたものを煮込んで最後に塩と胡椒を振ったもの。シンプルだけど乾いた食べ物が多いアフタヌーンティの添え物としては上出来だった。
思い返せば私は粉ものが嫌いだ。ホットケーキにしてもお好み焼きにしても粉に牛乳や卵の溶いたものを入れてかき混ぜるのが嫌いなのだ。なかなか思うように混ざらないし、イライラすると粉がボールから飛び出して調理場を汚すことになる。スコーンの粉も例外ではなく少なからず私はイライラした。木べらがなかったからしゃもじを使ったのも原因だったかもしれない。時々ボールからはみ出る粉を憎たらしく思いながらも辛抱強く生地を作ったんだ。
スコーンの粉の袋に書いてある作り方では、オーブンレンジを使うようだった。そういえば、妻子からオーブンレンジが欲しいとせがまれていた。狭い台所に置き場はないし、オーブントースターが動いているので正直なところ、オーブンレンジを買う気はなかった。オーブントースターでもいろいろ作れるんじゃないかと考えていたからだ。そういう意味ではスコーン作りはある種の実験だった。今回スコーンが上手に焼ければオーブントースターは買わなくてもいいわけだから。
スコーンが焼きあがるまでの時間でサンドイッチを作った。ハムとレタスとチーズのサンドイッチと卵のサンドイッチだ。スーパーで買っていた八枚切りの食パンの耳を切り落として、パンのふわふわの部分だけで作る。もっともパンの耳がたくさんでてしまったので途中からはその作業は省いてしまったわけだが。
そしてついにアフタヌーンティが完成した。10年以上前に横浜のワールドポーターズで買ったスタンドに三つのお皿を乗せて、一番上にはマカロン、二段目にスコーン、そして三段目にサンドイッチを乗せた。アフタヌーンティの時間はとても優雅に贅沢に感じられ、妻子の喜ぶ姿が見られた時は作った甲斐があったと思えた。アフタヌーンティが終わると、ひとつだけスコーンが残った。皆、もうお腹がいっぱいだ、という表情で、私自身ももうこれ以上食べられなかった。そこで残ったスコーンをサランラップで包んで冷蔵庫にしまったんだ。
硬く冷たくなったスコーンを食べながら思ったことは、これはスコーンの供養だということだ。食べ物を頂くということは命を頂くことだからちゃんと食べないといけない。子供の頃はそう教わっていたけど、スコーンの供養はそういうものとは少し違う気がしたんだ。小麦粉とか卵への感謝とかじゃなくて、喜ばしい場に出されながら食べられずに残ってしまって、仕方なく食べられるスコーンと、気力体力ともに徐々に衰えていく自分自身がなんだか少し重なって、同情というか同類相哀れむだったんじゃないかって。
実は、サンドイッチを作った時に余ったパンの耳がサランラップにくるまれて冷凍庫にしまってあるんだ。ある意味ではパンの耳と残ったスコーンと私自身は同じ仲間なのかもしれない。パンの耳は溶いた卵と牛乳に浸して多めのバターでしっかり焼いてから食べるんだ。いわゆるフレンチトーストというやつだ。パンの耳をしっかりと華々しく供養してやることで私は日々の活力を取り戻す。
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