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パン工場
パン工場の夜勤は18時からだが、制服や名札を受け取り、今日の配属を聞き、広い工場内を移動したりしなければならないので、17時半には工場に着く必要がある。
本屋のアルバイトが16時に終わると、私は一旦家で着替え、少し片付けをし、17時に家を出た。家から工場までは歩いて30分かかる。親子連れや学生の群れを横目に住宅街を抜け、広い国道に出る。歩道橋の上から、オレンジ色に染まっている空の奥に、高いビル群が見えた。一度、3時間かけてあそこまで歩いたことがある。ムカつくほど天気が良くて、青空が冷たい日だった。汗だくで歩いて歩き続けて、その先には大きなライブ会場や映画館や、ショッピングモールや海岸があった。だが着いたところで特にやることもなく、俺は電車に乗って帰った。
国道を横切り、少し歩くと、大きな煙突やコンビナートが並ぶ地帯に入り、走っている車は大型のトラックばかりになる。やたら駐車場の広いコンビニと、開けっぴろげの倉庫を横目に、トラックが巻き上げる砂粒に目を細めていると、パン工場に着く。門扉の警備員に社員証を見せ、靴を履き替えて工場内の受付に入る。既に狭い通路一杯に人が並んでいた。俺はおとなしくその最後尾に着き、順番を待つ。みんな俯いて、機械のような早口で受付をするので、俺の順番はすぐに回ってくる。
「制服は?」
「エムで80」
「はい。前はどこだった?」
「えっと、ケーキです」
「ああ、今日はシューだね。場所わかる?」
「わかります。多分」
「わかんなかったらその辺の社員に聞いてもらえばいいから。はい次―」
いつ来ても受付のおばちゃんの顔は違うのに、いつ来ても対応は大体同じである。今日の配属はシュークリームだった。慣れていて座れる場所が良いのだが、もう今日は埋まっているらしかった。狭苦しいロッカールームで上下真っ白の防護服のような作業着に着替えて、耳まで覆う帽子に髪の毛を全部入れて、マスクをして配属部署に向かう。愛想のないおっさんに挨拶をして、ホワイトボードに名前を書く。いくつかのゲートでコロコロをして、やたらと広い工場内を迷いながら歩き、やっとの思いで今日の配属現場に着く。
部屋はベルトコンベアが中央にあり、酷く乾燥していて、甘苦しい匂いに包まれていた。ここではやたらと喉が乾くが、水も飲めなければトイレも行けない。作業は猿でもできることばかりだ。クリームを延々かき混ぜたり、はみ出しているクリームを手で拭ったり、流れてくるシュークリームをパッケージに詰め込んだり、箱を延々と外に運んだり。休憩を含めなければあと10時間、俺はここにいなければならない。
頭はやらなければいけないことで溢れているが、目の前のことに取り組まなければならないというのは、嫌な時間だと思う。
「もうちょっと手早くしてもらえる?」と、ベテラン風のおばさんから嫌味を言われながら手を動かす。早速喉の渇きが気になってきた頃、休憩に入っていいよと言われた。仕事を始めてまだ3時間しか経っていなかった。早めに休憩に入ると後が辛いのだが、しかたがない。
俺は足早に食堂に向かい、列に並んで食事を受け取り、ご飯をよそう。今日は焼き魚だった。家で魚なんて焼かないのでありがたい。山盛りにしたご飯を持ちながら、給水器で水を汲んで、その場で一杯飲み干した。周りの人たちもみんなそうしている。みんな一様に無表情で、食堂は食器がぶつかる音以外に何も聞こえない。
アクリル板で仕切られている大テーブルの端っこに座り、夕飯を食べた。無言で箸を動かしていると、10分もしないうちに食べ終わる。入学してすぐは袋麺と食パンしか食べない日が続いていたので、ここで夕飯が食べられるのは素直にありがたかった。食堂脇に「ご自由にどうぞ」と書かれている菓子パン類には、手が伸びなかったが。