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日本語LaTeXのスタンダードをめざす――開発者が語る「Cloud LaTeX」の歩みとこれからの挑戦
アカリクが運営する、日本語に対応したオンラインのLaTeX 編集・組版サービス「Cloud LaTeX」。学生や研究者を中心に延べ約12.5万人のユーザーに使われてきたCloud LaTeXは、誰の手によって、どのように開発が進められ、どのような未来を描いているのか?今回は長年Cloud LaTeXの開発を担当している小柳さんと、2024年秋に新たに開発チームへジョインした冨田さんにお話を伺いました。
登場人物
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小柳さん
フリーランスエンジニア。大学院在学中からCloud LaTeXの開発に携わり、β版から正式版への大規模リニューアルを主導。
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冨田さん
Kipp Financial Technologies 共同創業者/CTO。WebPay、LINE Payなど、多彩なプロダクトでのエンジニア経験を経て、2024年9月よりCloud LaTeX開発に参画。
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畠野さん
株式会社アカリク 企画開発本部 開発部 保守運用チームリーダー。Cloud LaTeXのPMを担当。
経歴・自己紹介
――まずは小柳さんからご経歴をお聞かせください
小柳
大学院を修了後、新卒でリクルートホールディングスにエンジニアとして入社しました。Indeed Japanへ出向・転籍し、Webサービスのバックエンドエンジニアとして仕事をしていました。子どもの誕生などのライフイベントを経て、退職後フリーランスになりました。
元々大学院修士1年のときに、アルバイトとして1年間ほどCloud LaTeXの開発をしていたんですよね。当時ちょうどバイトを探していたし、Webサービス開発の経験が欲しかったので。フリーランスになってすぐ、アカリクの畠野さんにSlackでDMで連絡をとり、再びCloud LaTeXの開発を担当することになりました。
――小柳さんは大学院在籍中からCloud LaTeXの開発に携わっていたのですね
小柳
そうですね。専攻が情報科学科だったので。単純に言えば、パソコンをやる学科ですね(笑)。理論を学ぶ人も多い学科なんですが、私は理論というより実践の方で、つまりエンジニアを目指していました。
小さな頃からパソコンが身近にあって、それこそ幼稚園の頃からパソコンでゲームしたりしてましたね。小学校6年生のころには自分のパソコンを持っていたのですが、ちょうど個人がWebサイトを作るのが流行っていて。小学校5年生の女の子が作った「どうぶつの森」のファンサイトを見て、「私もできる!」と思って作ったりしてました。あと、中学校のころには掲示板も作りましたね。データベースなどの知識がなかったので、当時知っている技術を駆使してなんとか作成したのを覚えています。今思えば、当時から王道なものよりトリッキーな発想が好きだったのかな。
――では、冨田さんにもご経歴をお伺いしたいと思います
冨田
小柳さんと同じく東京大学の理学部情報科学科を卒業し、私の場合は大学院へは進まずに就職しました。新卒ではウェブペイというスタートアップへ入社して、ECサイト向けのシンプルなクレジットカード決済サービス「WebPay」を開発していました。その後ウェブペイがLINEに買収されてからは「LINE Pay」事業に携っていました。
その後LINEを退職しフリーランスをしていました。その中で業務委託でお世話になっていたFIVEという会社に入社しました。スマートフォン向け動画広告がメインなのですが、新規に始まったブラウザ向け動画広告機能を担当しました。スマホブラウザ向けの動画広告はまだ黎明期で、広告効果と体験の良さを両立するのに苦心しました。しばらくしてFIVEはまたLINEに買収され(笑)、そのタイミングで退職しました。
退職後は、現在の会社「Kipp Financial Technologies」をFIVEで一緒にやっていたメンバーと共同で立ち上げ、現在は同社のCTOをしています。元々は、旅行や出張などで海外へ行く人向けのプリペイドカードの開発をしていて、会社名は「切符」が語源になっています。COVID-19のパンデミック発生により事業は方向転換し、現在はBaaS(バンキング・アズ・ア・サービス)と呼ばれる金融プロダクト群を提供しています。
――冨田さんは、小さな頃はどんな子どもだったのでしょう
冨田
小柳さんと全く同じですね。「以下同文」です(笑)。元々自分の手で何かを作るのが好きだったんですよね。小学校のころは、手芸、電子工作といろいろやっていました。中学に入ってからは、コンピューター系の部活でゲームや音楽を作る先輩に影響を受けたり。
大学では小柳さんと同期だったのですが、あまり分野を考えずに入学し、進路として工学や文転も考えたのですがどれもピンとこず、「パソコンなら卒業できるだろう」という軽い気持ちで進みました(笑)。
Cloud LaTeXの開発ヒストリー
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――では、これまでのCloud LaTeXの話をお伺いしたいと思います。大学院1年のころから携わってきて、最も大きなアップデートといえば何でしたか?
小柳
やっぱりプロダクトそのものを作り直し、Ver.2になったことですね。
Cloud LaTeXは、元々2013年にアカリクがアプリ開発コンテストを開いたことがはじまりです。京都大学の修士1年生のチームがCloud LaTeXを開発、優勝して、それがコンテストに出すだけではもったいないアプリだったので、2014年にβ版として一般公開されたんですよね。ところが、公開後ほどなくして開発した大学院生チームも研究が忙しくなり、開発に時間がかけられなくなった。そのタイミングで、代わりに開発・運用をやってくれるエンジニアとして、私と私の同期3名が参加しました。
最初の1年ほどはβ版の保守運用をしていたのですが、β版はユーザー数の増加を前提にされていない作りになっていたりと課題が多くて。サステイナブルなサービスにするためにはメンテナビリティを上げる必要もありました。将来の機能追加も見据えたつくりにするため、2015年ごろからがっつり作り直して2016年の夏ごろに正式版としてリリースした、というのが経緯です。
冨田さんのジョイン
――冨田さんは今回、どういった経緯でCloud LaTeXの開発にジョインしていただいたのでしょうか?
小柳
結構シンプルなのですが、よくAWSのことなどちょこちょこと質問してて。遠回しに聞くのも大変だし、入ってもらって見てもらう方が早いんじゃない?ということになって。サンマルクカフェでね(笑)
冨田
そうそう、お茶してたときにね(笑)。
例えば技術的な話題って会社の業務と関係ない部分が多いんですよね。全く違う会社の人同士でも、いきなり話が通じ合うことがままある。非常にポータビリティが高いわけです。今回のケースでも同様で、小柳さんのCloud LaTeXに関する困りごとは、割と別の会社でも同じように困っているところだったりするんですよね。で、雑談しつつ『あー、それは○○がね…』というような情報交換をしていると、『いやー入って欲しいな!!』みたいな感じで話が進んでいきました(笑)。
――ずばり決め手は何だったのでしょう?
冨田
何より決め手になったのは小柳さんからのお誘いだったことですね。小柳さんとは、大学の同期であること以上に、意思疎通が楽だし一緒に仕事をしてて楽しいんですよね。
あとは、いろんなプロダクトにいろんな現場で携わってきた知見が活かせるかなと。それに、開発や保守などのみを行う専従的なエンジニアと比べて、広い視野と長期的な視点を求められるCTOとしての経験も活かせる。Cloud LaTeXの3年後や5年後といった進化を見据えて、コードレベルやデータベースレベルで今何が求められるか、というのを考えられるのはCTOのような立場を経験したエンジニアでないと難しいと思うので、そういう部分で力になれると思いジョインを決めました。
開発者が語るCloud LaTeXの魅力
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――皆さんからみてCloud LaTeXはどんなサービスで、どんな魅力がありますか?
小柳
やっぱり日本語にネイティブ対応している点は他のサービスに無い魅力だと思っています。
それから、サービスポリシーは「初期設定要らずで使える」です。初学者や学生に向けての使いやすさを重視していて、競合サービスは一応やり方を調べながら初期設定をする必要があるのに対し、Cloud LaTeXはすぐに使い始められます。これは、β版の頃からずっと続いているコンセプトであり、Cloud LaTeXのアイデンティティです。LaTeXに初めて触れる人にとって、一番簡単に使い始めることができる導入アプリケーションになっていると思います。
あとは、業務委託やパートタイムとして開発に参画している方が多いし、それ故に人の入れ替わりもあるので、基本さえわかっていれば誰でも開発に参加できるような設計を意識しています。
個人的にはサポートも魅力のひとつだと思っています。Xで問題点をつぶやくと公式から反応があって、修正されるっていう(笑)。
冨田
最近ジョインした立場としてコードベースやインフラなど一通りチェックしましたが、ひいき目を抜きにしても、限られたリソースの中で開発しているプロダクトとしてはかなりきれいに設計されていると言えると思います。またデータセキュリティに関しても、AWSの機能を活用して強固に固められており、安心して使っていただけるものになっているかと思います。もちろん今後さらにセキュアなサービスを目指していきます。
畠野
Cloud LaTeXというサービスは、ユーザーの方々にとっては本当に重要な役割を担っているものだと思っています。毎年少なくとも必ず1件、Cloud LaTeXで執筆している卒論を間違って消してしまったという連絡をユーザーの方から受けます。もちろん即日復旧をするのですが、対応としては当然のこととして復旧をするものの、その度に思うのは、そのユーザーの方にとっては卒業がかかっている、いわば人生のターニングポイントにおいて利用していただいているのだなと実感します。
これからのCloud LaTeXのありたい姿
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――これから取り組んでいきたいことなどはあるのでしょうか
小柳
安定性の向上や機能の追加はこれから取り組んでいきたい課題です。サービスのクオリティはもっと高められるし、持続可能なサービスにしていかなければならない。
冨田
Cloud LaTeXをサステイナブルなサービスにしていくためには、もちろん収益周りのことも重要です。これまでの経験を活かし、数字を追いかけつつPDCAを回していきたいですね。toC向けのサービスは少しでも競合サービスに劣れば使われなくなってしまうものです。持続可能なサービスであることは、ユーザーの方々にとって最良の状態を維持することと直結すると思っているので、そこも手を抜かずにやっていきたいと思っています。
畠野
機能面においては、実は共同編集機能の実現に向けて動き始めています。LaTeX初学者の方々や学生だけでなく、研究者の方々に本格的な用途で使っていただくには、コラボレーションの機能が必要です。何年も前から構想としてはあったものですが、今回の冨田さんのジョインを皮切りに実装に向けた開発を加速していきたいと思っています。
冨田
Cloud LaTeXは独特なサービスです。LaTeXというものがそもそも限られた人たちが使うものなので、マーケット上のユーザーの母数が爆発的に伸びることは難しい。加えて、ユーザーの規模はそこまで大きくないし、入学から卒業までの約4年しか使わないという学生ユーザーも多い。
そういう意味で、最終的にはLaTeXにまつわるシチュエーションのすべてに対応できるようなサービスにしていくべきかなと思っています。例えば数百ページにわたる博論の執筆とか、複数人によって毎日何時間も行われる共同編集のような、ヘビーユースにも耐えられるイメージです。
小柳
日本でLaTeXといえばCloud LaTeX、というところを目指したいですね。やっぱり日本語にネイティブ対応しているというのは強みだと思うので。
畠野
例えばアカリクは大学院生を中心に新卒就職の支援をしていますが、アカリクが目指しているのは「就職支援」ではなくて、それを通じた「知恵の流通の最適化」です。世の中にある知恵が最適に流通するために、あらゆるサービスを展開している。そういう意味で、Cloud LaTeXは、研究や論文執筆といった「知恵の生産活動」を支援するためのサービスです。
例えばCloud LaTeXユーザーの方々が新卒の就職を考えたときには、スカウト型就職情報サイト「アカリク」や「アカリク就職エージェント」を使っていただいたり、あるいは研究者の方であれば、民間転職を考えた際には「アカリクキャリア」(転職エージェントサービス)を使っていただいたり。「知恵」を生み出したり、あるいは「知恵」を活用する場を探したり、「知恵」にまつわる様々な場面をアカリクは支援したいと考えています。Cloud LaTeXはそのひとつだし、今後もそうあるものだと考えています。
――ありがとうございました!
今回のインタビューを通じて、Cloud LaTeXがいかにして生まれ、どのような進化を遂げてきたのか、そしてどんな未来を目指しているのかが明らかになりました。日本語対応や初学者がスムーズに使い始められるといった思想はVer.1の頃から受け継がれ、今後は、日本におけるLaTeXのスタンダードを目指し、持続可能な、さらに高度な機能を持つサービスへと向かっています。
アカリクの掲げる「知恵の流通の最適化」というコーポレートミッションのもと、研究や論文執筆の現場を支えるクラウドサービスとして、Cloud LaTeXはこれからも挑戦を続けてまいります。
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