海外でポスドクをしよう—滞在編(8)
今日は、海外で生活・仕事をする上で避けては通れない「政治的な話題」に関連したことに少し触れます。
「政治的ななにか」に向き合う準備
こちらのシリーズ第2編では、海外ポスドクとして着任した直後に、いかに周囲と打ち解けるかについてご紹介しました。その際には「欧米の人々、とくに知識層の中には政治的トピックや社会問題に関心を持っている人が多いです。…欧米では逆に政治について何も知らない・考えたことがないと知られると驚かれます。」と書きましたが、その象徴となる最近のアカデミア界のニュースがありました。
9月の終わりに研究者(特に心理学)界隈の話で一つ小さなニュースになっていたのは、『社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学』などの本で知られている有名な道徳心理学者ジョナサン・ハイトが、アメリカの心理学界隈最大の学会の一つである「性格と社会心理学会(Society for Personality and Social Psychology;以下SPSP)」から脱退する意向を示したことです。
SPSP学会は広い意味の社会心理学界にとって非常に有名な主流学会であり、研究者たちが交流する場として非常に重要な役割を果たしています。そのため、通常では一度入会するとよほどなことがない限りずっと会員の身分を保っていられます。「よほどなこと」には死亡・体調問題・研究活動からの引退などがあげられますが、今回のハイトの脱退理由は明らかに違いました。
ハイトが学会に反発した理由はSPSP学会の新しい規則にありました。学会は次の大会から、すべての発表希望者に対して、「該当発表はSPSPの平等性促進、包括性促進、反人種主義の目標の推進に寄与するか、どれくらい寄与するか」に関する説明を求めると決めています。ハイトはその要求はリベラルな政治態度を強要するものであり、学会としての政治的中立性や政治的多様性を損なうものであり、最終的に「真実の解明」を目標とする学術の進歩を損なわせる恐れがあると危惧していました。
彼は自分のブログで今回の一件の経緯を説明し、この危機感は自分自身の政治的思想(彼は自分はリベラルだと主張しています)とは関係ないことを強調し、いかなる立場の政治的な思想であれ、それが過度に学術活動に干渉するべきではないという立場をとっています。
つまり彼は、反人種主義という政治的主張は学会の中で議論の対象となるべきであるが、学会の原則そのものとして使用されてしまうべきではない、さもなければSPSPの存在自体がリベラルに偏ってしまい、その中立性が損なわれることを主張していました。しかし、SPSPからの返答はハイトの憂いを解決できるものではなかったので、彼は脱退する意志を固めました。
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