ある少女とヌイグルミ
今回のお話は小説というか、小話です。
その少女、いや、まだ幼女といったほうがいいだろう。その幼女、カオルがそのヌイグルミと出会ったのは迷子になったのがきっかけだった。
久しぶりに父母と3人で来たデパートに浮かれて、あちこち見ているうちに
両親を見失ってしまったのだ。さっきまでのウキウキ気分はどこへやら、不安に押しつぶされそうになり、泣き出した時にそのおじさんは現れた。
『泣かないで。どうしたの? お父さん、お母さんとはぐれたのかな』
そのおじさんは手に持っていたヌイグルミを動かしながら、声色を使ってカオルに話しかけた。その見事な声色に、カオルにはまるでヌイグルミがしゃべっているように感じられた。さっきまで鳴いていたカラスはどこへやら。お人形がしゃべったと無邪気に喜ぶカオルと、それを微笑ましく見ているおじさん。いつまでも、おじさんというのも申し訳ないので、仮に鈴木氏としよう。彼の名前はさほど重要ではない。
『僕がお父さんとお母さんのいるところに連れて行ってあげるよ』
裏声を駆使して、鈴木氏はカオルに話しかける。
『僕はオータスっていうの。君の名前は?』
「カオル。オータス君、よろしく」少しおませな感じで、カオルは言ったがオータスの「ス」がまだうまく発音できないのか、オータチュという呼び方になったのもかわいらしかった。
『さぁ、それじゃあ、行くよ。カオルちゃん』
手に持ったヌイグルミを巧みに使いながら、彼女が再び不安に襲われないようにあれこれと話しかけながら、鈴木氏はカオルをデパートのインフォメーションセンターに連れて行った。
『ママ!』
インフォメーションセンターにつくなり、カオルはその場にいた女性にしがみついた。カオルの両親も、はぐれたカオルを探そうとインフォメーションセンターにやってきたところだったようだ。
「どこに行っていたんだ。探したんだぞ」
少し厳格な父親らしき人物が、カオルにそう声をかけた。
「ご、ごめんなさい」
怒られると思ったのか、思わずカオルは母の後ろに回り込みながら、そう返事した。
「まぁまぁ、無事で良かったわ。あなたが連れてきてくださったんですよね。ありがとうございました」
母親のほうは父親のあしらいに慣れているのか、うまく取りなしながら鈴木氏に礼を述べた。
「いえいえ、無事にお連れできて良かったです」
人好きのする笑顔でそう答えると、鈴木氏は最後にヌイグルミを使って、カオルに挨拶をしてから、その場を後にしようとした。
「オータチュ、帰っちゃうの?」
寂しそうに、そう声を出したカオルにぱっと閃いたような顔を鈴木氏は浮かべた。
『僕、カオルちゃんのこと、気に入っちゃった。カオルちゃんのお家に行くよ』
「え、いいのかい。オータス君。そんなこと、いきなり決めて」
『うん、決めたんだ。よろしくね、カオルちゃん』
いきなり、一人二役の演技を始めた鈴木氏に困惑する両親と、微笑ましく見守るインフォメーションセンターのお姉さん、そして、喜ぶカオル。
「そんな受け取れません」
「いえいえ、この子が行きたがってますので」
『僕、絶対、カオルちゃんのところに行く』
少々、カオスな状況になってしまったが、ヌイグルミをカオルに手渡して鈴木氏はそのまま去っていった。
「カオル、そのヌイグルミはここに置いていきなさい」
新しく出来た友達に大喜びしていたカオルに、父親は無情にもそう告げた。そして、無理やりに彼女の手からヌイグルミを取り上げると、インフォメーションセンターの机の上にそれを置いた。
「次に迷子の子供が来たら、その子にあげてください」と告げて。
「せっかく、さっきの方がくださったのに」
いっても無駄だとは思ったが、さすがに母親も一言、父親にそういった。
「どこの誰とも分からない人間に渡された人形なんて、持って帰れるか」
インフォメーションセンターの職員には聞こえないように小声だったが、これ以上は有無は言わせないという意志を感じる声だった。
「人形なら、別のものを買ってやる。さぁ、行くぞ」
「オータチュくん」泣いて嫌がるカオルの手を引っ張るように、父親は彼女を連れて、その場を去ってしまった。
あれから、10年以上の歳月が流れた。幼女だったカオルも、3カ月前に高校生になっていた。
「カオルー、おはよう」
登校途中にクラスの友人に声を掛けられたカオルはその友人と一緒に他愛ない話をしながら、学校に向かって歩いている。そのカオルの足がふと、とまってしまう。
「どうしたの、カオル」
友人がカオルの目線の先を追うと、そこにはゴミ捨て場があった。
カオルはゴミの山に近づいて、そこに捨てられている一体のヌイグルミを拾い上げた。
「こんなにボロボロになって、かわいそう」
そのヌイグルミは手足がちぎれかけて、中から綿も飛び出して、かろうじて原形を保っているような有様だった。
「わぁ、ホントにボロボロだね。なんのキャラクターだろう。手作りって感じじゃなさそうだけど」
「うーん、私もわかんないな。でも、どこかで見たことがあるような気がするんだよね。それに、なんだか呼び止められたような気がして」
そういいながら、そのヌイグルミをカバンの中にカオルはしまった。
「私がキレイに縫いなおしてあげるよ、よろしくね」
そういって、カオルはカバンの中にしまったヌイグルミに話しかけた。
『僕、もどってきたよ、カオルちゃん』
ヌイグルミはそう返事をしたが、その声はきっとカオルには届いていないだろう。いつか、僕の声が届くと良いな、そう思いながら、ヌイグルミはカバンの中で眠りについた。
※この物語はフィクションです。実在の人物とは一切、関わりありません
ちょっと良い話を書こうとしたんだけど、読みようによってはホラーになっちゃうから不思議(笑)
今回のお話は、上のリンクの「アニミィ」と呼ばれるパペットを使わせて頂きました。パペットカウンセリングに用いるために開発された人形たちです。実際は販売されるようになって一年も経っていないです。
完全に空想で、書き上げました。
ある方の依頼で書きました。本当は『堯友さんとアニミィの普段の会話を』というリクエストだったんですが、こっぱずかしいので、こういう内容になりました💦