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【開催レポート】Open academia Lectures #3:岩渕正樹 氏(デザイン・フューチャリスト)「『世界観のデザイン』から考える研究ビジョンのつくり方」(2024年11月29日)

2024年11月29日、ニューヨークを拠点とするデザイン実践者・研究者・教育者の岩渕正樹さんをお迎えし、オンラインイベント「Open academia Lectures #3:『世界観のデザイン』から考える研究ビジョンのつくり方」を実施しました。

2024年8月、初の単著となる『世界観のデザイン:未来社会を思索する技術』(クロスメディアパブリッシング、著者noteでの紹介)を刊行された岩渕さん。事業・プロジェクトを構想する際のビジョンを「世界観」の解像度でデザインする方法論を解説した同書は、刊行後大きな反響を呼んでいます。本レクチャーでは、同書に込めた思いやその要点を研究者向けに語っていただきました。

以下はそのあらましです。

■岩渕正樹さんプロフィール
ニューヨークを拠点とするデザイン実践者・研究者・教育者。東京・浅草生まれ。東京大学工学部、同大学院学際情報学府修了後、IBM Designでの社会人経験を経て、2018年より在米。2020年パーソンズ美術大学修了。現在は米JPモルガン・チェース銀行初のデザイン・フューチャリストとして、戦略的な未来洞察や新規サービスのコンセプトデザインに従事。また、東北大学特任准教授として、世界観のデザインの研究・教育を通じて21世紀の学生の価値創造力の醸成に尽力。2024年8月に初の著書『世界観のデザイン』を出版。近年の受賞に米Core77デザインアワードなど。Design Futures Initiative 東京支部代表、Good Living 2050 国際ビジョンコンテスト審査員。
ホームページ:https://masaki.vision/、Xアカウント:@powergradation

岩渕さん


研究ビジョンを「世界観の解像度」で作りこむ

普段はビジネスの領域でビジョンデザインを実践している岩渕さんですが、研究者にもその考え方が大いに当てはまると言います。新しい知識や技術を追い求め、社会の常識を問い直すということを普段から研究者は行っているはず。しかし、研究の先にある「世界観」を想像できているだろうか、と岩渕さんは問います。

よくある未来社会のビジョンは、「持続可能な社会」や「ポスト資本主義」といったスローガンや、「人間と自由に会話できるロボット」といった技術のイメージで語られる。しかしそうしたスローガンや技術イメージだけでは、実際に未来社会の「人々の顔が見えてこない」と岩渕さんは言います。未来の社会で人々は、朝起きてから寝るまで具体的にどういう生活をしてるのか、先端技術はどのような経済や文化のなかで使われているのか。そのイメージが共有できて初めて、研究グループの仲間や、ユーザーや投資家などステークホルダーとのコミュニケーションが生まれ、フィードバックを得るサイクルが生まれます。

「世界観をつくるというのは、まだ誰も見たことがない未来の姿を、「没入」できるレベルで伝えていくということ。研究者の方が自分の研究が拓く先に「どういう世界になりうるか」を語り始めたら、世界が変わり始めるんじゃないかと期待しています。」

また、よかれと思って送り出した技術が、長期的に地球環境に悪影響を及ぼしたり、考えてもみなかった悪用をされるケースも多くあります。美しい理想的なシナリオだけを考えるのではなく、視座を広げて「悪い側面」を先回りして考えることで、どのようにそうしたバッドエンドを避けるかを考えることができるようになります。その事例として、人間を管理するデバイスを題材とした映像作品が紹介されました。

今を問い、未来を可視化するデザイン

岩渕さん自身、大学時代は工学の研究を行っていました。その後は、ビジネスの世界で業務アプリケーションやUXデザイン、デザイン思考を企業に導入する仕事に従事。やりがいはあったものの、次第に「その先にある未来像」が見えてこないことに問題意識を抱くようになったといいます。

「自分の目の前にある仕事というレベルと、どういう社会になるのか/どういう社会にしたいのかというレベルが結びついていないことが、問題意識としてありました。」

そんなときに出会った、ありうる未来や社会を夢想する「スペキュラティブデザイン」の概念を手掛かりに渡米。スペキュラティブの開祖たちのもとで学び、現在はアメリカの大手銀行にて、スペキュラティブデザインを含む各種のデザイン論を応用する実践を行っています。岩渕さんは、所属の銀行で会議室を「リビングルーム・オブ・ザ・フューチャー」として、未来を想像させるオブジェクトのプロトタイプを展示しているとのこと。通りかかった人が自由に感想を書き残したり、そこから新しいプロジェクトが生まれることにもつながっているそうです。

「スペキュラティブデザインの本質は「今を問い直す」ことだと思います。いきなり突飛なアイディアをひらめくというよりは、「今自分たちが当たり前にやってることは、本当に未来でも必要か?」「それは、本当に未来永劫人間がやるべきなのか?」を問い直し、初めて見る人でも伝わる表現、デザインで可視化するということです。」

必ずしも研究者自身がオブジェクトや映像作品を作る必要はなく、誰かとコラボレーションしながら、その研究者があるべき/ありたい未来を表現できることが望ましいと言います。

どうやって『世界観のデザイン』を始めるか

ではどうやって「世界観」を作ればいいのか。このノウハウは『世界観のデザイン』で「11のステップ」と「10のワークシート」という形で、順を追って解説されていますが、本講義ではそのダイジェストの形で解説されました。

詳しくは『世界観のデザイン』に譲るとして、重要な流れはいきなり未来に飛ぶのではなく、まず「現在」の分析から始めるということ。そして、いったん過去に戻り、現在までの社会の大きな変化を捉える。その準備を経て初めて未来に飛び、手触りのある未来像を構想していく。ここでのやり方の一つに「未来の考古学」があるといいます。過去の人工物を発掘して、そこから当時の社会像を想像する考古学と同じように、未来の人工物を先につくり、そこから未来の社会を想像してみる。100円ショップで買ってきた材料などでプロトタイプをつくり、それを「レンズ」を通して未来世界を想像することを岩渕さんはよくやるのだそうです。未来を自分だけで考える必要はなく、議論を呼び込むのが重要だと岩渕さんは強調しました。

ビジョンは不変のゴールではない

ビジョンができたとして、それに向けてどのような行動を起こしていくのか。この「橋渡し」が最も重要になる。よく言われるのは未来像から逆算して道筋を描く「バックキャスティング」ですが、実はバックキャスティングの方法論はまだ存在していないと岩渕さんは言います。

むしろ、作ったビジョンを、目指すべき「旗」のようなイメージではなく、そこに引き付けられていく「マグネット(磁石)」のイメージでとらえること。これは、「トランジションデザイン」を提唱したカーネギーメロン大学のデザイン学部で用いられている比喩だそうです。

「私はこのメタファーが非常に好きです。作った未来ビジョンを唯一のゴールであるかのようにとらえてしまうと、「そこに行くのは無理ではないか?」、「そのゴールは論理破綻しているんじゃないか?」といったツッコミに終始してしまいがちになります。しかし未来像は想像物ですから、その完成度を上げることにはそこまで意味がありません。だから、未来像を「旗」ではなく「マグネット」として捉えてみる。もしくは「引力」。遥か彼方に浮いている月みたいなもので、どうやってたどり着くかはわからないけど何か惹かれるな、という存在がビジョンだと思います。」

ビジョンは、現状(=「A」)しか見えてない状況で、別の「B」を作るということ。しかしBに一気に行くことはできないので、まずBに向けた最初の「A’」として何ができるのかを考える。これが「バックキャスティングの真髄」だと岩渕さんは語りました。

「最終的にはBから逸れてもいいんです。やっている中で見つけた、シナジーやネットワークやパートナーが発見されることが非常に重要で、そこから新しい方向が定まっていくのであれば、それに乗っかってしまって全然いいと思います。」

最後に岩渕さんが指摘したのは、専門性をもつ研究者が、社会、経済、文化について横断的に考えることの重要性でした。これから複雑な問題が山積する中で、「人間も複雑にならなければいけない」。すべてにおいて「一流」になる必要はないが、自分の専門以外の領域にも思いを馳せ、他の領域の人と手を取り合っていくことが求められる。研究者を含め、各人が想像し、物語り、夢見る力を開放することが、『世界観のデザイン』でやりたかったことだと結ばれました。

終わりに

一時間半の講義で咀嚼するには盛りだくさんでしたが、節々に具体的な作品の紹介もあり、「世界観をデザイン」すること、そこからコミュニケーションを生むとはどういうことかが伝わってくる講義でした。講義の途中では、発想の柔軟性を高める「リバースイマジネーション」の演習課題を行ったのですが、筆者自身、自分の発想が凝り固まっていて「今」の常識から離れるのが難しいのを感じました。

未来ビジョンを作るというのは非常に高度な作業だと感じますが、今『世界観のデザイン』が多くのビジネスパーソンに読まれていることからも、一人一人が未来ビジョンを描く時代なのだろうと感じます。誰かが作ってくれるのを待つのではなく、それぞれが「マグネット」としてのビジョンを持ち、それらがくっついたり触発しあったりしながら、ボトムアップに世界が変わっていくのかもしれません。

岩渕さんが示した下さったフレームワークをヒントに、まず自分でもやってみる、実践の重要性を感じました。参加いただいた方からも、「世界観の可視化とプロトタイプによって、共感や意見が集まると思うので、研究分野でも活用されるとよいと思った」「すべてが研究者1人でできなくても、チームやファンで作り上げてみるのも面白そう」といった感想をいただきました。

文章:丸山隆一(Open academia Lectures 企画担当)


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【2025/1/17 オンライン開催】Open academia Lectures #4:渡邉文隆 氏(ファンドレイザー/研究者)「“研究への寄付”をどう広げるか」
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