「言い間違えの話し」〜大人の思い出〜
世の中には言い間違えが意外に多く存在する。特に専門用語にまつわる間違いにはけっこうな頻度で遭遇することがあった。
以前私は漢方薬の相談員として働いていた時期があった。いろいろな悩みを持ったお客様が相談に来られお話を聞き、その方にあった漢方薬を準備するという仕事である。ある時期、漢方薬を使ったダイエットが流行したことがあって特定の漢方薬が欲しいお客さんが爆発的に増えたことがあった。そうしたお客さんはだいたい
防風通産省ください
というのだ。正しくは「防風通聖散」(ボウフウツウショウサン)である。お客さんのいう「防風通産省」では、まるで8人くらいの通産省に勤めるぽっちゃり系のおじさん達が、風を防ぐためにひしめき合って並んでいる映像が浮かんでしまう。文字としてはちょっとした違いだが、想像してしまった時の影響は計り知れない威力を持つ。
ひどい時は4〜5人くらいのお客さんが「防風通産省」を欲しがるのである。そのつど私たち相談員はぐっと笑いをこらえて
防風通聖散はこちらでございます
と言って暗に解ってもらおうと努力してみる。しかしその思いはほとんど裏切られ
あ、そうこれが通産省なのね
間違ってる上に略したりするのである。言葉だけ聞くと、もはや何を売っている店かも分からない。
「はい…そうです」
私たちは打ちひしがれ、もう従うしかない。
また違う場面ではこんなこともあった。
50歳くらいのおじさんにふいに話しかけられた
「あっ店員さん、すみませーん」
「はい、いらっしゃいませ」
「最近さぁ、あれになっちゃって、このふくらはぎが痛くなるやつ、何だっけ、あっ、コブラツイストってやつ?」
おそらくは「こむらがえり」のことであろう。「こ」と「ら」の2文字しか合っていない。まさか医薬品販売の現場でプロレス技の名前が出るとは、アントニオ猪木もさぞかしびっくりしたことだろう。私はぐっと笑いをこらえ、
「こむらがえり」ですよね。
そうやさしく伝えた。おじさんは「あ、それね」とか何とか言って恥ずかしくなったのか、途中でそそくさと帰ってしまった。
しくったか。おじさんのプライドを傷つけたのかも。やはりここは
「はい、コブラツイストですよね。あれは痛いですよね」
とか話を合わせて対応する方が良かったのかな。うーん、確かに「こむらがえり」でも「コブラツイスト」でも痛いには変わりないのだから、そうしてしまっても問題はなさそうだが…。
ふーっ接客は本当にむずかしい。
ではまた。
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