【エッセイ】朝を許せない【拝啓水底より】
あいつがいなくなった時間なので普通に嫌な気持ちになるのが朝だ。
朝は何かを連れ去ってしまうものだとさえ感じる。
リアリティを与えて誰かを落ち込ませたくないので詳しいことは言わないけど、私が最後の電話に出なかったのは朝の会議の時間だった。
ハラキリ衝動が治らないのも会議が毎週どうしてもやってくるからで、またその衝動を抑えながらこのハラキリ衝動で行ったのがあいつなんだろうなとも思ってどうしようもない寂しさに暮れるわけだ。
最近は急に冷え込み出した、朝方まで眠れない夜を過ごしていると外が眠りにつき、シンとなる空気と、布団に忍び寄り足から絡め取っていくような寒気さに、ただ漠然と外に過ごすもののことを考えている。
「凍えてはいないだろうか。」と
解放された先で寒さに凍えていたり、天の人が許さなくて業火に焼かれ続けているってなら、本当に許せないなと思うわけです。
そもそもあの衝動の果てに堕ちる先が地獄だと言ったのは誰なのだろう。一度殴り飛ばしてやりたい。
失った者を想う時間が無くなっていくことに恐怖を覚える今日この頃。あいつは散々苦しんできたんだろうから、せめてなりたいって言ってたものになれてるといいなという祈りを今日も込める。
祈りがどうこう言ってる現代人のことは信用しちゃいけないが、その先がどうか温かいものであるようにと願うことしかできないから、願ったもんがちだよね。
動けるみんなは布団をかぶって惰眠を貪ろう。
冷たくなってしまう前にはそのくらいしていい。