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「最愛カスタマイズ」第2話

シーン1 春日家(夕)

四月下旬の某日。
最愛の父親・小太郎が帰宅する。春日家のリビングのドアを開け、小太郎がスーツ姿でバッグを提げて現れる。

小太郎「ただいまー……」

ドアを後ろ手に閉める小太郎の前に、立ちはだかる人影。
部屋着姿の最愛が、いきなり小太郎の正面から、片手をついて凄む。

最愛「パパ、私に言うことあるよね?」
小太郎「えっ? えっ? なに怒ってるの?」

バッグを抱きしめて、徐々に腰を落とす小太郎。
暗い笑顔を浮かべて迫る最愛。

最愛「パパの戦闘アプリ。電波でできた怪物と闘う、シューティングゲームみたいなもんだって言ってたっけ。嘘つき! バグが人の精神に影響するなんて聞いてないよ! 命がけのバトルだったんだからね!」
小太郎「ひぃっ、ごめんなさいー!」

バッグで怒声を防ごうとする小太郎。

   ×   ×   ×

リビング。
夕食を待つ間、最愛と小太郎がソファに並んで座っている。
小太郎は部屋着で、ソファに座り、ノートパソコンで戦闘アプリのデータを解析している。
隣で最愛が、ガジェットを膝に置きながら、小太郎のノートパソコンの画面を覗き込んでいる。

小太郎「上出来だね。戦闘アプリ、適切に使ってくれたじゃないか。バグをちゃんと残さず退治できてる」
最愛「春日ソフトウェアでも、同じような実験してるんでしょ?」
小太郎「それが、ちょっと滞ってるんだ。うちはソフトの会社であって、ハード部門は新設したばかりだからさ。一応、間渕くんが責任者なんだけどさ」

間渕の顔が浮かぶ。最愛も面識がある。

最愛「穏やかでいい人だよね」
小太郎「ちょっと最近、無断欠勤するんだよねー」

パソコンの画面を見つめる小太郎が、解析画面の変化に気づく。
画面のグラフの一部分を指差す。

小太郎「ここ、すごいな。ガジェットから出るレイエッジが、バグにクリーンヒットした証拠だ。最愛の動作が格段に向上してるんだよ。さっすが俺の娘!」

最愛の肩に手を置く小太郎。
パソコンの画面を、横から最愛が首を伸ばして、しげしげと覗き込む。

最愛「これ、私じゃない。菊正くんだよ」
小太郎「菊正くん?」
最愛「うん。でっかいボスみたいなバグが出てきて、私、尻ごみしちゃって。同じクラスの菊正くんが、代わりに倒してくれたんだよね」
小太郎「えっ? 戦闘アプリのこと、クラスメイトに話しちゃったの? ダメだよ、口外しない約束だったじゃないか。国家機密に関わるんだよ!」
最愛「大丈夫だよ、私も菊正くんの弱みを握ってるから」
小太郎「それならいいけど、うーん、いいんだか悪いんだか……」

二人が話しているそばで、最愛の母親・諒子が、ダイニングテーブルに夕食の配膳を終える。

諒子「ご飯よ!」

いそいそと席に着く最愛と小太郎。
諒子がエプロンを畳みながら、小太郎を見下ろす。

諒子「パパ、来週のGWは休めそうなの?」
小太郎「休めるけど、あんまり遠出はしたくないかな。間渕くんを始め、会社の何人かは出社するらしくて」
諒子「晴れたら、うちの庭でバーベキューでもしましょうよ」

諒子は席に腰を下ろし、スプーンを手にする最愛を見やる。

諒子「その菊正くんっていう子、家に連れておいで。助けてくれたんだから、ごちそうしてあげましょうよ」
小太郎「えーっ! 男の子を家に呼ぶの、ヤダ!」
諒子「なんでパパが言うの? アプリのテストを手伝ってくれたんだから、味方に付けておいた方が、今後、得でしょう」
小太郎「それもそうだけど、うーん……」

ぶつぶつ文句をこぼす小太郎。
かすかに嬉しそうな顔をして、食事を口に運ぶ最愛。

シーン2 住宅地(朝)

制服姿で登校する最愛。晴れやかな表情で、足取りは軽い。

最愛M(モノローグ)『菊正くん、バーベキューに来てくれるかな? 聞いてみないと』

   ×   ×   ×

最愛が教室に入り、見まわす。まだ登校した生徒もまばら。
菊正はいるが、男子生徒と談笑している。
最愛は、様子をうかがいながら自分の席へ座る。
その後も何度か菊正の様子を陰でうかがう。菊正はいつも男子や女子と話している。

   ×   ×   ×

帰りのHRの直前の休み時間。
ほとんどの生徒たちが席に着いたまま、先生を待ちつつ談笑している。
一人、溜め息を吐く最愛。

最愛M『全然タイミング合わなかった。帰る時に話しかけるしかないな……』

半開きのスクールバッグの中を見て、何かに気が付く最愛。
リングノートが入っている。
取り出して、ページを開くと、花柄で可愛い。

最愛M『そうだ! 手紙を書いて渡そう。わざわざ口で伝えなくてもいいし』

ページを一枚切り離し、ペンを持つ最愛。
その後方で、菊正と、女生徒・茂木が話している。

茂木「じゃあさ、優待券もらえたら教えるよ。連絡先、教えてくれる?」

スマホを取り出す茂木。

菊正「家の電話番号でいい?」
茂木「えっ、まさか自分のスマホないの?」
菊正「持ってないよ。家庭の事情でね」
茂木「ありえなーい! 何それ、原始人レベルじゃん! うけるー!」

茂木の笑い声が教室中に響き渡る。
苦虫を嚙み潰したような顔をして、沈黙する菊正。
その間も最愛は、黙々と手紙を書き続けている。
恩田先生が竹刀と帳簿を持って、教室に入ってくる。

恩田「HR始めるぞー。今日の連絡事項だけど、外を歩いてると、たまに大きい虫みたいなものが飛んでいると思う。ニュースでもやってるけど、あれは電波の影響で見えるだけで、実害はないから安心するように」

手紙を書き終わり、折りたたもうとする最愛。

恩田「それと春だからか、あちこちで不審者の目撃情報がある。くれぐれも知らない人について行ったりしないように。早めに帰りなさい。以上だ」

HRが終わり、生徒たちが号令とともに席を立つ。
最愛もそれに気づき、手紙を折りたたむのをやめて、手を便せんに置いたまま、慌てて起立する。
手紙に書かれた、春日家の住所の一部が、インクが乾ききっておらず、指先がこすれて読めなくなる。

   ×   ×   ×

校舎を出て、前庭を走る最愛。
下校中の菊正の背中を見つける。
最愛の手には、花の形に折られ、シールでデコった手紙がある。

最愛「菊正くーん!」

幽霊のように振り返る菊正。
にこにこしながら駆け寄る最愛。

最愛「あのさ、これ! 後で読んで」

手紙をにらみおろす菊正。
たちまち最愛の笑顔が消える。
手紙を受け取り、ひょいと掲げてみせる菊正。

菊正「君まで、こういう原始的なことをしてくるわけだ?」
最愛「えっ?」
菊正「スマホとかメールとか、持ってない俺を、バカにしてるんだろ? 電子機器なんか持たなくても、俺は不自由なく暮らせてるんだ。からかうような真似しないでくれよ」
最愛「からかってないよ! どうして、そんな……」

にらんでくる菊正。
戸惑う最愛。
その時、どこからか、悲鳴が上がる。
振り向くと、校門の方に、バグが数匹出現する。
最愛がすぐに気づく。ポケットからガジェットを取り出し、戦闘アプリの起動ボタンを押す。
校門へと走って逃げる生徒たち。
校門では、竹刀を片手に持っている恩田先生が、生徒たちを誘導する。

恩田「落ち着け! ぶつかっても、ケガするわけじゃない。慌てずに下校しなさい!」

立ちすくむ女生徒たちを助けるため、最愛がガジェットでバグを払う。
菊正は、立ちすくむ女生徒たちを促し、校門へ誘導する。
混乱のさなか、黒ずくめの不審な人物が、校門から学校の敷地内へ忍び込もうとしている。
菊正がそれに気づく。

菊正「先生、あれ」

校門のそばで、不審者を指差す菊正。
気づいた恩田は、竹刀を片手に持ったまま、その人物へ手を伸ばす。

恩田「おい、何してるんだ!」

不審者は急いで校舎の方へ走りだす。

恩田「ちょっと待て!」

菊正が歯を強く噛みしめる。
恩田の持っている竹刀を、問答無用で奪う。
不審者の背中を猛然と追いかける菊正。
竹刀を抜きはらうと、不審者が衝撃で飛ばされ、地面を転がる。
校舎側に駆け抜けた菊正。
菊正が竹刀を片手に振り向くと、不審者と目が合う。
眼鏡を掛けた、温厚そうな青年の顔が見える。
菊正の一瞬の隙をついて、校門から逃げ出す不審者。恩田の手をすりぬける。
菊正が追いかけるも、間に合わない。
恩田も手を伸ばすが、取り逃がす。
恩田が眉根を寄せ、頭を掻く。
恩田の背後に近づく菊正。竹刀を恩田に返す。
菊正がふと振り返ると、最愛が忽然と姿を消している。
バグもすべて掃討されている。
菊正が、制服のポケットから、最愛からの手紙を取り出す。
今一度、さっきまで最愛がいた辺りを見やる。

回想シーン 春日家(夕)

家事をしている最愛の母親・諒子が、帰宅した夫の小太郎の姿に気づく。
浮かない表情の小太郎。

小太郎「ただいま。最愛は?」
諒子「まだ帰ってないけど、何かあったの?」
小太郎「開発担当の間渕が、行方をくらましたんだ。もし戦闘アプリの情報をライバル会社に売られたら、国家機密に関わる。万が一、最愛に接触でもしてきたら……」

シーン3 住宅街(夕)

最愛がスクールバッグを肩に掛け、一人で暗い表情で下校している。
ひと気のない方へ歩いていく最愛。
その姿を、離れたところから、黒ずくめの不審者が尾行する。
不審者の左の手首に、春日ソフトウェアの社名が刻印されたスマートウォッチが装着されている。


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