「最愛カスタマイズ」第1話
《本編》
シーン1 私立古手川学院高校一年一組の教室(昼)
四月中旬、某日。
机についている最愛の手元。数本のドライバーを駆使し、ガジェットの蓋を開けて、調整をしている。
最愛M(モノローグ)『カスタマイズは、私の人生で最も大事なこと。ずっと愛せるものに囲まれていたいから』
完成したガジェットを掲げて、席を立ちあがる最愛。
最愛「できたー!」
静まり返る教室。黒板には「研究発表」の文字。
黒板消しを片手に、発表中だった菊正が、教壇に立ち尽くしている。
恩田先生や生徒たちも、最愛を黙って見つめている。
調整済みのガジェットを見せびらかす最愛。
最愛「シティーWi-Fi対応の小型ガジェット! かさばるアプリも、一個だけインストール可能! 有機ELのインジケーター付きなんて、どうよ? こんなの欲しかったでしょ」
はしゃいでいる最愛の後ろに迫る、菊正の影。
菊正「春日さん」
最愛が笑顔で振り返る。
チョークで真っ白に汚れた黒板消しを持ち、にっこりと笑う菊正。
菊正「うるさい」
黒板消しを顔面に叩きつける音。
最愛「あたっ」
シーン2 春日家のダイニング(夜)
夕食に手をつける最愛と、父親・小太郎。
母親は配膳をしていて、キッチンとダイニングを往復している。
溜め息を漏らす最愛。
最愛「ってことがあってね。入学したばっかりなのに、もうイジメだわ」
小太郎「最愛はなんにも悪くないよ。開発者たるもの、作品をしまっておくわけにいかない。人類の損失になりかねないからね」
最愛「ありがとうパパ。私がいずれ春日ソフトウェアを継いだら、老後の面倒は見るからね」
小太郎「老後まで待たなきゃいけないのかい? 実は、うちの会社で、極秘開発中のソフトがあるんだ。最愛もテストに協力してくれないかな」
最愛「どんなソフト?」
小太郎「『戦闘アプリ』。街には常に、数百種類の違法電波が飛び交っている。そのせいで実体のない電波の怪物『バグ』が空中に生成されやすくなっているんだ。そいつらへ対処する術を、うちの開発部門でも模索していてね。最愛も、若者を代表して、開発に協力してよ。3Dのシューティングゲームみたいで楽しいよ」
最愛「私、ハードにしか興味ないんだよね。ソフトは勉強しなきゃならないもん。学校の宿題も山盛りだから、やめとく」
小太郎「PCのカスタムパーツ、買ってあげよっか。40万円のグラボとか」
最愛「やります」
シーン3 私立古手川学院高校一年一組の教室(昼)
午後、数学の小テスト中。黒板に「数学 小テスト」の文字。
問題を解き終わり、筆記用具を机に置く最愛。
最愛M『戦闘アプリって、シューティングゲームみたいなものだって言われたけど。バグなんて本当に現れるのかな? ネットで検索したら、バグに接触すると、人の脳への影響を懸念する論文があるとか。それも迷信っぽいなぁ。それともパパ、私に何か隠してる……?』
ポケットの中で小さい振動を感じる。
取り出すと、小型ガジェットのパイロットランプが点滅している。
最愛M『戦闘アプリの通知だ! バグが近づいてるってこと?』
最愛がガジェットをチェックしていることに気づいた菊正。
菊正が挙手。
菊正「先生、春日さんがカンニングしてます」
驚いて振り向く最愛。
近づいてくる先生。
最愛「カンニングじゃないです! もう解き終わってるし……!」
最愛からガジェットを取り上げる先生。
教壇へ戻っていく恩田を、悔しそうに見送る最愛。
菊正は顔をしかめて、最愛をにらんでいる。
× × ×
ホームルーム終了後、職員室から廊下へ、うなだれながら出てくる最愛。没収されたガジェットを手にしている。
廊下の向かい側から、菊正が日誌を持って歩いてくる。
最愛がにらみつける。
菊正もそれに気づき、少し距離を取って立ち止まる。
最愛「菊正くん、私のこと、目の敵にしてない?」
菊正「この学校では、電子機器の持ち込みは原則禁止だ。他のみんなは校則に従ってるのに、スタンドプレーはやめろよ。迷惑だ」
最愛「家が遠い生徒は、スマホの所持を認められてるよ。現代人が、電子機器に触らずに過ごせるわけないでしょ」
菊正「価値観の押しつけないでくれる? 菊正家では、十八歳まで、電子機器の使用は厳禁だ。俺は日常生活で、電子機器を触ることはまったくない」
度肝を抜かれる最愛。
大真面目な菊正。
最愛M『まるで絶縁体みたいな男の子……』
二人が黙った瞬間、開け放された廊下の窓から、悲鳴が聞こえてくる。
見ると、窓の外に、バランスボールほどの大きさの昆虫型の怪物・バグが横切る。
校庭で、部活動中のサッカー部の生徒たちが大混乱に陥っている。
菊正「なんだ、あれは……?」
最愛「バグだ!」
廊下をダッシュする最愛。
上履きのまま裏口を飛び出し、ガジェットのボタンを押す。
校庭で、バグの体当たりを受けて倒れる、サッカー部員たち。物理的な接触はないが、電波でできたバグの体が、人の精神力を削いで、昏倒させている。
脳への影響への懸念をにじませるネットの論文が、最愛の脳裏をよぎる。
まさにバグに襲われそうになっている少年の元へ、駆け付ける最愛。
最愛「戦闘アプリ、起動!」
ガジェットのボタンの先から、稲妻形の光線の太刀・レイエッジが飛び出す。刃は人体には影響がない。
ガジェットそのものをテイクバックすると、レイエッジは鞭のようにしなる。
バグに向かって薙ぎ払うと、バグは虹色の光をわずかに残して消滅する。
呼吸を整える最愛。
四つん這いになって、怯えるサッカー部員。
最愛「大丈夫ですか?」
サッカー部員「う、後ろぉ……!」
サッカー部員が、最愛の肩越しに、空を指差す。
空を覆うほどの巨大なバグが出現。電波の怪物のため、影はない。
サッカー部員は自分だけ逃走。
目を釘付けにされた最愛は、ひるんで尻もちをつく。
少しずつ接近するバグ。
目に涙を浮かべる最愛。
駆け付けてきた、菊正の足に気づく最愛。
菊正は最愛からガジェットを奪い取る。
標的を狙いすまし、助走をつけて一閃を見舞う。
消えるバグ。
ぽかんとしている最愛。
レイエッジを下に向ける菊正。
菊正「しょせんは虫けらか。菊正一刀流の相手じゃない」
ガジェットを突っ返してくる菊正。
菊正「あんまり切れ味、良くないね。改良の余地あり。柄が握りやすいのは及第点」
立ち上がり、ガジェットを返してもらう最愛。照れくさそうな表情で、ガジェットを抱える。
最愛「ありがと」
シーン4 私立古手川学院高校一年一組の教室(夕)
数日後の放課後。
講習の開始まで、教室で思い思いに待機する生徒たち。読書する者、おしゃべりする者、スマホをいじる者など。
その中にまじって、講習の準備をする菊正がいる。
前の席に、最愛が腰を下ろす。
最愛「うちのパパ、IT企業の社長なの。戦闘アプリは社外秘だから、黙っていてくれると助かる」
菊正「俺も、黙っていてくれると助かる。菊正家は、一撃必殺の一刀流を代々受け継いでる旧家なんだ。ご先祖様は、歴史の表舞台ではおおっぴらに名乗れないような、汚れた仕事を請け負ってきたらしい。だから、俺が剣をやってること自体、本当は知られたくないんだ」
最愛「わかった。秘密にするね」
最愛が右手を差し出す。
菊正は、その手を取ろうとする。
二人が握手しようとした場面に、近くにいた生徒たちが目を向ける。
菊正が急に手を返し、最愛の手首をつかんで引き寄せる。
差し迫る菊正は、邪悪にゆがめた顔をしている。
菊正「ネイルも校則違反だよ、春日さん」
最愛「いででで!」
菊正「このネイル、シールだよね?」
ネイルシールをつまもうと、親指と人差し指を伸ばす菊正。
最愛「やめて! それ、夜なべしてデコったやつ! 剥がさないで、お願いー!」
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