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連載小説『青年と女性達』-十八- 毛利家の庭

十八


 国へ結婚の意向を伝えたら反対はなかった。しかし、ひとつの条件を付けて来た。おちゃらをしかるべき処へって一年間の行儀見習をさせよとの事だ。
 この条件は祖母か一体誰の案だろう。巧者こうしゃくわだてだと純一は想った。表向き反対はしないが、一年の間おちゃらの根気が続くものか試して見て、駄目なら純一が芸者との結婚を諦めるだろうという読みが国元にはある。そう純一は勘ぐっていた。
 さて、そんな懸念は暫時ざんじ置いて取り急ぎは引受先を見つけなくてはならない。今度こそ鷗村先生にお願いしよう。純一はおちゃらとも相談の上決めて早速動いた。

 おちゃらと二人で鷗村邸を訪おとなった。通された客座敷で緊張の面持ちで二人は茶菓子の入った風呂敷包みを抱えて待った。やがて鷗村が夫妻で姿を現した。立ち上がって丁寧に挨拶をする二人に鷗村が声を掛ける。
「まあ、二人共そう緊張するな。話は手紙で読んだよ。ちょうど一人使用人が田舎へ帰ってな、空きが出来た所へ今度の話だ。丁度好かった。喜んでおちゃらさんのことを預かろうと、これとも相談して決めたのだ」と横に座る妻を見ながら云う。

 ――これが噂の奥様か――と純一はその美貌を前に心の中で唸った。観在荘の会合では今まで間近で見掛けた事はない。むしろ御母堂を見かけたことが多い。旧藩の士族の娘に生まれ、立ち居振舞いの隅々にまでおろそあたわわざる作法を厳しく身につけておられる。わが身の所作に何らの確固たる自信と云って見当たらぬ純一の為には一層気が張る。そのようなしゅうとめいただく嫁の日常とは、心境とはどのような物であろうか。到底純一の考えの及ぶことでないだけは確かな事だ。

「ええ。小泉様、おちゃらさんいえ、お文さんのことは確かに預かりましたよ」と奥様が微笑みと共に穏やかな声色でおちゃらの本名を挙げて云う。
「誠に有難うございます」ほっと肩の荷を降ろした心地で二人揃って頭を下げて礼を云った。気になったので純一は念のため尋ねた。
「鷗村先生、御母堂はこのことを……ご存じでいらっしゃいますか」
「無論話をして、了解を得ているぞ。今は、親戚筋の用件で出かけているがな」と鷗村は云った。

「さあさあ、かして済まないが今の今から手伝って頂けるかしら。次の会合の段取りやら何やらご説明しなければならないし、お文さんのお部屋も案内しなくてはね」と奥様が云うのに鷗村が合わせる。
「さて、では小泉君とおれは前祝の一献いっこんを傾けながら、囲碁でも一局打つとするか。どうだ、君も碁はたしなむのだろう」
「はあ、囲碁の真似事だけは一通り」と純一は応えて云った。

 

――十九へ続く――





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