見出し画像

連載小説「まん・まる」 第四章 話して、和して、輪にして、そして。1


 昭和四十◯年十一月上旬の体育祭後の僕らのクラスは、今月下旬の文化祭の出し物を何にするかケンケンゴウゴウの議論真っ最中だ。

「そら、模擬店やろ。たこ焼きがええわ」西川が口火を切った。
「はんたーい。クレープ(※1)の方がええやんなぁ」河本圭子がまわりの皆に笑顔をふりまき「おしゃれな店に飾り付けして、ビラ配りまくるねん」目が少女漫画のようにキラキラ。
西川が反発して言う。「道具はどうすんねん。たこ焼器やったら一家に一台あるがな(※2)」
「そんなもん、お好み焼きの鉄板(※3)かてどの家にもあるやん。なぁ」河本が同意を求めるが、辻本が「おれんち、鉄板ないでー」
「え〜っ、どの家にもあるんちゃうのん?」河本。
「私とこ、ないからいつもフライパンで焼く」女子。
「俺んとこあるでー、おやじ、鉄工所やってるし」男子。
(大量生産可能か!)

 鉄板ある・ない問題で議論もあったが、火を使うことは学校の規則で禁止だ。

「お化け屋敷できまりちゃうん」
「でも、後片付けが大変やで」(僕の脳内ツッコミ:女子らしい意見だ)
「展示にしよや」(僕好みだ。いっちょ押し!)
「ジミすぎるで」(そうかなぁ)
「お化け屋敷は他のクラスも出す確率が高いで。差別化が難しい」と僕が〈展示〉に賛同した。
「そやそや、展示やったら個性が出せるし、いいんちゃう」と西川がたこ焼きから変節した。軽いやつだ。
「動物園!着ぐるみで」(カバカバしい、いやバカバカしい)
「縁日は?輪投げ、ヨーヨー釣り、綿菓子なんかええんちゃう」(ちょっと惹かれる)
「なぞなぞルームなんてどうかな」(これも、いいかも)
「占いの館、おもろいで」(おもろいか?)
「理科実験!」(孤高のやつがいた)
「うへ~そんなん、だれも来えへんで」体育系男子。

「カレー屋」と西川がまた変節した。
「でも規則で、火は使われへんのでしょ」谷っぺが言う。
「ちゃうやん。温めるだけの『ボンカレー』(※4)が『あるじゃあ~りませんか』(※5)」と西川がボケて言う。
「温めるのに火を使うからムリ!なんわかってるくせに、流行語を言ってみたかっただけやろ」と僕がたしなめたら、ちぇっバレたかと西川が頭をかく。
「うん、もう!」と、谷っぺもあきれる。
「となりの5組は、演劇やるらしいで。任侠もので『元気組の出入り』て言うんやて。うちも、やろうよ、何か芝居を!」誰かが言った。
〈なるほど、細面で二枚目の石田先生の風貌に和服姿がかっこいいかも〉
 でも、皆、担任の宮本先生を見て、一瞬であきらめた。キャラ負ける!
「1組は、『笑点』やるらしいわ、スベリそうやな。「焦点」ずれて」と情報通が言った。
「座布団あげて!」
 意見がさくそうしてなかなかまとまらない。

 そこで多数決になった。全員が投票用紙に好きなテーマを書いて出した。その結果を黒板に書いて、正の字ができていく。


 体育祭のファイアストームのあとのことは、その後も時々思い出す。暗くなった校庭のベンチで僕と谷っぺははじめての、キスをした。
 最初からそうするつもりではなかったけれども……。フォークダンスで鳴った坂本九ちゃんの「レッツキス」の歌。それが頭の中によみがえって。そんなムードになって。いつか、谷っぺに宣誓した禁をやぶって〈もっとオマセな高校二年生〉になった。といっても、谷っぺからいまのところは、お叱りはいただいていない。

 僕たちは、何もなかったように前とおんなじようにあれからも付き合っている。
 キスをしたか、しないかなんて関係ない。ということが、キスをして初めてわかった。といえばカッコつけすぎだろうか。谷っぺは僕の大切な彼女だ。
 二人は、しっかりしたきずなで結ばれている。僕はそう思うようになった。そのころ、サマセット・モームの小説『人間の絆』(※6)を読んで、僕は〈絆〉という言葉とその意味を知った。


――つづく――

※1クレープ 日本では当初クレープはフランス料理のデザートとして提供されており、1937年(昭和12年)当時の帝国ホテルのレストランのメニューに記載がある。1960年代には大阪の百貨店でも販売されていた。1962年(昭和37年)、森南海子がパリ・コレクションを視察した際に街で見かけたクレープに心打たれ、レシピを学び帰国後に出店したものである。(ウィキペディア)

※2タコ焼き器 大阪の家庭に1台ずつある、といわれる器具。今は、電気式もあるけれど、かつてはガス式が主流。プロパン時代を経て都市ガスの時代へ。タコ焼き器と共にインフラも発展しました。逆か(笑)。

※3お好み焼の鉄板 たこ焼き器ほどは普及していないかもというか、フライパンでも焼き肉用のプレートでもできるので、お好み焼き専用のものって、特にないですよね。我が家では、大阪ガスの既製品で鉄版プレートはめ込み式の食卓テーブルが鎮座していました。

※4ボンカレー 1968年(昭和46年)世界初の市販用レトルトカレー「ボンカレー」誕生。(大塚食品)

※5じゃあ~りませんか チャーリー浜さんは高校卒業後、作家花登筐の「笑いの王国」に入った。新喜劇の看板だった花紀京さんの父、横山エンタツさんに仕えた経緯もあり、62年に新喜劇へ入団。洒脱(しゃだつ)な雰囲気から“海外かぶれのキザ男”キャラが定着。その派生として「…じゃ、あ~りませんか」の語尾が生まれ、定番ギャグとして根付いた。(日刊スポーツ)

※6『人間の絆』(にんげんのきずな、英: Of Human Bondage)は、イギリスの作家ウィリアム・サマセット・モームによって書かれ、1915年に発表された小説。本作は20世紀前半の英文学傑作として広く認められ、日本でも「月と六ペンス」と並び、多数あるモーム作品の中で絶えず重版されている。話の舞台は、主人公のドイツ、フランスへの旅行、そして知性と感性を磨く場となったロンドンにおいて展開してゆく。


※Tome館長 さんの画像をお借りしました。

#小説
#創作
#連載
#昭和
#青春
#輪
#昭和レトロ
#大阪ローカル


いいなと思ったら応援しよう!

らいとらいたあ
最後までお読みいただきありがとうございました。記事が気に入っていただけましたら、「スキ」を押してくだされば幸いです。