ご褒美で頑張るのは悪いこと?
「ご褒美を設けて頑張らせるってどうなんだろうか。」父も母もよく言っていました。そして私も「お手伝いをしたり、テストでいい点をとったりしてお小遣いがもらえるクラスメイトはずるい」という観点からそう思っていました。嫉妬に近い感情で。
私が気が乗らないことを頑張る理由は怒られないため、でした。私の母は、「頑張るのが当たり前」という自分にも他人にも厳しい人でした。頑張ったらそれなりに褒めてはくれるけれど、頑張れなかったら怒られます。頑張らないと怒られるから何事もやる。そこに主体性はありません。
この年の先生は漢字の書き取りの書き取り帳1行ミスがなければ1点として競争させ、かつ目標点に到達すればシールがもらえる書き取り運営をしていました。これまで「やらなきゃ怒られる」から真面目にやっていた書き取りが急に楽しくなり夢中になって点数を稼いだことを覚えています。
頑張る目的が親軸つまり他人軸だと、当たり前のように達成感も何も感じれらません。自分としては頑張ったつもりでも怒られることも認められないこともあるから、びくびくしていました。
今は大人になったから、自分で自分にご褒美があげられるけれど、子どもはそうはいきません。毎回でなくてもいいから、たまにはご褒美で頑張らせてもらいたいかったなあと思います。大人の今でさえ、ご褒美を用意したり正当に評価してもらったりして頑張れるのに。子どもの頃の私はよく頑張ってこれたなと思います。頑張ったね。