真夏の通り雨
仕事に忙殺されて音楽を聴く気力も余裕も失っていた時期があり、その当時の記憶がぽっかりと無くなっている。曲を聴くと当時のことを思い出したりしますが、リアルタイムに聴いていないと、その記憶にタイムラグが生じてくるわけです。
失ったものは意外と大きいのかもしれない。
先日、宇多田ヒカルさんの「真夏の通り雨」を聴きました。
宇多田さんが登場してきた時の衝撃はよく覚えています。楽曲も歌声も素晴らしく、駄作がまったくなく、これからどうなっていくのかなと思ってました。「誰かの願いが叶うころ」が21歳の作品なんて信じられないです。
つい先日まで宇多田ヒカルという名前すら忘れてしまうくらいに疎遠になっていたのですが、「真夏の通り雨」を聴いた時、衝撃が走りました。
「誰かの願いが叶うころ」の21歳にも驚きましたが
「真夏の通り雨」の33歳にはそれ以上の驚きがありました。
もうこんなところまで来てしまったのかと。
どうしてこの曲にそんなに反応してしまうのか、今もわからないですが、明らかに他の曲と違います。
なんだか気持ちが悪いので、ずっと答えを探しています。
「作りたい作品だけを作る」というあたりまえのことを商圏の中で成立させるためには、確固たる地位を確立して数字を欲しがる周囲を納得させる他ありません。その位置に若くして立ってる宇多田ヒカルさんには注目しかありません。
「真夏の通り雨」は2016年4月のリリース。
私が知ったのは2019年の夏でした。3年間 何をやっていたんだろうな。