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ババア☆レッスン(その10・中年のバイト事情・前編)

 今から遡ること約2年前。実は私、バイトしてたんである。
「なんで?」と思われそうだが、理由は明快である。
「仕事がなくて、どヒマこいてた」。
漫画の仕事はどーした?と突っ込まれそうだが、「ソレがないからバイトしてた」わけである。とにかくヒマだったのである。ヒマ。

 考えてみれば、30年くらい漫画の仕事をしてきた。その事実を踏まえると「漫画家としてのプライドはないのか?」というさらなる突っ込みが入りそうだが、答えは「ない」。ないからバイトをやれたわけである。

 それにつけても「漫画家」なんて、こんな潰しの効かない商売、よくもやってきたもんである。こんないわゆる「人気家業」。
まぁ、20代・新人で出始めの頃は新鮮がられるから、まだいい。30代も、まだ若さと元気があったからなんとかやってこれた。それが。
・・・・40代くらいから、ちょこ〜っとづつ、色々状況が変化していく。仕事で出会う編集さんは皆、年下ばかりになるし、新しい才能・新人作家さん達もどんどん出てくる。そんな状況なのに、当のコチラは歳とるにつれ、体力も落ちて昔のペースで原稿なんて描けなくなる。徹夜なんてとんでもない。そして世の中は、やはり「新しいもの」に気持ちが向かう。
こうして仕事は減ってゆく。
 そして、自分が描く漫画の内容も、年齢やその時の環境で少しづつ変化していった。
 若い頃は当たり前のように描いてた「恋愛漫画」なんて、今はもう描けないもんなぁ。
でもまぁ別な言い方をすれば「若い頃には描けなかったものを、今、私は描けている」と言い換える事は出来るのだが。

 さて。
バイトをするにあたって、当初は「清掃のバイトをやってみよう」と思っていた。いや、「やってみよう」というよりも「それしかないだろ」てな感じである。なにしろパソコンはダメ、コンビニのあんな複雑な仕事なんてさらにハードルが高いと思ったし(ペイペイとかの電子決済サービスなんてチンプンカンプン・・・)、年齢的な事も踏まえたら、出来る職種も限られてくる。
そこで「お掃除おばさん」である。
ネットのバイト検索サイトでも「シニア大歓迎!!」と両手を広げて、笑顔でババアを迎え入れてくれるようなフレーズが飛び交っていたので「やっぱコレかな☆」と、清掃系に狙いを定めていた、のだが・・・・・実際に縁があって、やったバイトはコレだった。
「試験監督員」
・・・・・受験会場で「なんか立ってて、不正が行われてないか、眼光鋭く睨みをきかせてる」、あの人達である。
「とにかくなんか立ってる」「そこに睨みをきかす」・・・・これなら、漫画ばっかやってきた私にも出来るのではないか!?と運命を感じたのだ。
そして、腹の底では「楽そうなのではないか?」というほくそ笑みがあった事もこの際、正直に告白しておこう(・・・しかしこの後、世の中には楽な商売なんてない、という事を、嫌になるほど思い知らされるのである)。

 というわけで、当時は大変なコロナ渦だったという事で。
面接は無しの履歴書審査だけ、あとは本人確認の電話をもらって登録が完了してしまった。
 働き方の形態は登録して初めて知った。そこの会社のホームページから、自分が働きたい試験会場を選んで「応募する」形になる。それで「採用」の連絡がきたら初めて仕事が出来る、というしくみであった。
要するに、会社側から「ここの試験会場に行って」と派遣されるわけではないのである。だからいくらやる気があっても、採用の連絡がこなければどうしようもない・・・・・徐々に私は焦り始めた。
というのも、時は受験シーズン真っ盛りだというのに、私の応募は全く採用にひっからない。このままでは、どうにもこうにも「元が取れない」。というのも。
 試験監督員は「ちゃんとした格好をしないとダメ」なのである。
規定には「黒、または紺のスーツ着用」しかも「試験会場では靴音のしない黒のパンプスで」と書いてある。それで慌ててメルカリで、紺のリクルートスーツ(4000円)、近所のオリンピックでゴム底の黒のパンプス(3000円)を購入。
そして「デジタルではない秒針つきの時計が必須」とやらで、こちらもamazonにて1000円で購入。しかもやる気に満ち溢れていたので「昼食を挟む仕事案件には、サラメシみたいに手製の弁当を持参したい!!」と浮足立って、amazonで曲げわっぱの弁当箱(3000円)も注文していたのだ。何やってんだ私。監督員の時給なんて1000円ちょっと。仕事案件によっては早朝から昼で終わるものもある。つまりは、数をこなさなきゃまとまった額が入らない仕事なのである。
「とりあえず、何でもいいから何か仕事を早く、くれ!!」
白眼になって焦っていたら、ようやく初の採用通知メールがきた。それは。
 
 都内・某女子大付属中学受験での試験監督。
1月末日に監督員説明会、2月の受験本番に3日間勤務という案件。
説明会にもスーツ着用とに事。
「やった!!!やっと働けるんだ!!!!」
と、喜びを噛み締めている所に、夫が一言。
「受験って、その人の人生を左右するものだからね〜〜」
・・・・夫のこの、何気ない一言で、私は一気に緊張感の滝壺に叩き落とされた・・・・確かにそうかもしれない。
私のちょっとしたミスが影響して、結果、誰かが落ちてしまったら。
そんな事は絶対に許されない。「・・・・でも、ミスったって、とにかくその場にたってればいいだけのはずだし・・・」(繰り返し言うが、世の中にはそんな楽な商売なんて、ない)

 というわけで、1月末日の監督員説明会。
メルカリで買ったリクルートスーツ、ジャケットはジャストサイズだったが、スカートのウエストがきつくて入らない。仕方なく、中途半端にチャックを締めた腹具合で説明会に挑んだ。と書くと、まるで緊張感ゼロのようだが、実際にはその真逆。とにもかくにも緊張しすぎて、自宅を出るまで何度も下痢、そして嘔吐。
 現場に来ていた他の監督員達は「女子校の受験」という配慮でか、皆、私も含めおばさんばかり。というか、私よりももうちょっと年上の、バブル時代を謳歌したような世代ばかりであった。そして、そうこうしてるうちに。
 会場に「この学校のロッテンマイヤーさん的存在か?」と思われるおばさんが現れた。ズラリと揃った監督員達を前に「ごきげんよう」と挨拶。名門女子校らしい圧をかけてきた。こうして、説明会が粛々と始まった。
 全員に「試験監督マニュアル」という冊子が配られ、ロッテンマイヤーさんの説明が始まり、徐々に、試験監督員が「ただ立ってりゃいいだけの存在ではない」という事実が判明。私がパニックに陥ったのはいうまでもない。

「まず、1時間目の試験前に、座席表と受験番号を、限られた時間内にすみやかに所定の用紙に書き写し」・・・・・・はぁ??
「その後、併願校調査用紙を受験生にすみやかに配り、時間内にすみやかに回収して」・・・・・・はぁぁぁぁ????
「そして、校内アナウンスが流れたら、すみやかに問題用紙と回答用紙を配って下さい、これは、試験開始アナウンスが流れるまで、絶対遅れないように配って頂かないと」・・・・何ですかこれ、要するに、1秒たりとも遅れてはいけないと(そりゃそうだ)。
 てか、試験監督員って、問題用紙まで配るもんだったのか?わたしゃてっきり、そういう事はその学校の先生がやるもんだと思ってた。しかも。

 「毎年、緊張で嘔吐したり、鼻血を出す子もいます。途中でトイレに行きたくなる子もいますし」・・・トイレや嘔吐はなんか分かるが、鼻血・・・??
「その時は、ここに載ってるマニュアルに従って適切な処置を」
・・・・廊下に待機してる教師に連絡→すぐにその子の答案用紙などを別室に移動→報告書に記入・・・etc、etc・・・。
 とにかく私は、ロッテンマイヤーさんの矢継ぎ早すぎる説明についてゆけず、内心、このバイトを選んだ事を後悔し始めていた。
 多分、受験会場・試験内容によって、監督員がやる事はそれぞれ違うのだろう。しかし。
 共通して言える事は「1秒単位での真剣勝負、ミスは絶対に許されない」という事だ。それくらい「受験」というものは、重い。
・・・・甘かった。ここにきて、己の世間知らずっぷり&甘さに、ガックリとうなだれるハメになった。

後編へつづく。

さて。当時のこのバイトに思いを馳せていたら、この曲が無性に聴きたくなりました・・・私はこの曲に関しては「サザン桑田派」ではなく圧倒的に「研ナオコ派」です。

「夏をあきらめて」研ナオコ






 

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