カスのカフカ寓話集より『入国審査』

アメリカから一人の男がやってきて、入れてくれと言った。門番はお前はどこから来た、と尋ねた。男はパスポートを示して、アメリカだ、と答えた。
「証明して見せろ」
審査ゲートは開いたままだったので、男は中を覗き込んだ。門番はそれを見て、
「中が気になるのか。しかし、勝手に入ろうものならすごい力持ちの警備員に拘束されるぞ」
と笑う。
男はアメリカのパスポートが通用しないとは、と思った。それから毛皮のマントを身につけた門番の大きな鷲鼻と蒙古髭を見て、大人しくしたがったほうが良さそうだ、とも思った。
「先日、ワイフがおれにこう言ったんだ」
男はとっておきのアメリカンジョークを披露した。
「ペンパイナッポーアッポーペン」
と、オチまで決めた。しかし、門番は眉を少し上げて
「他にはないのか」
と問い掛けるのだった。男は一ドル紙幣を取り出した。
「受け取っておく。しかしこれはお前の気の済むように受け取るだけだ。賄賂が通用するなどと思わないことだ」
男は自分が敬虔なプロテスタントであることを示そうと思い、うろ覚えの聖書を暗誦した。また、プロム(訳注:アメリカの高校でよく行われる卒業前のダンスパーティー)の思い出を語った。さらにはコカコーラを一気飲みまでした。門番は
「やり残したことがあるなどと思わないことだ」
と言うだけだった。
男はマザーなんとかという言葉を飲み込み、
「お前のお母さんはうがいしたとき吐き出す水がなんか茶色そうだな」
とだけ言った。男はピストルを取り出した。こんな小国なら銃を持ち込むのも簡単なことだ。門番は
「おれを倒しても第二、第三の審査官が現れるぞ。第三の審査官を見たらお前は震え上がってしまうだろうな」
と告げた。男に発砲するつもりなどなく、ただ銃を見せたらアメリカ人らしく見えるかと思っただけだった。男はマリファナを吸い、筋トレをした。門番はそれでも
「お前がアメリカ人であることを証明しろ」
と繰り返すだけだった。
これは長期戦になりそうだ、と思った男は懐中からおにぎりを取り出して食べはじめた。まずは腹ごしらえだ、と男は思った。
門番はそれはなんだ、と尋ねた。ライスボールだ、白米の握り飯だ、と男は答えた。
「なるほど。たしかにお前は米国人だ」
門が開いた。

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