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映画「道草」とお話会

NPO法人りりあん15周年記念イベントということで

映画「道草」を見て、感想をお茶とお菓子で語り合う会が行われた。


僕は、中国人のYの介助者をお願いして(てか、介助者無料で入れるようにして)参加した。

Yはカナダ留学のため高校卒業を一年遅らせたので、今、予備校に通っている。

春に大学に合格したら、中国語を教えるバイトをしてもらうという話になっている。

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(今日も駅までの帰り道、この子が友達にスマホで電話しているのが終わると、こことここがこういう意味だと聞き取れたというと、おおおおーと言っていた。)


映画は、もはや僕にとってはどうってことない、介助者と知的障碍者の日常。

知的障碍者が、施設ではなく、地域でひとり暮らしをするのを援助している介助者たちと知的障碍者たちの丁々発止のやりとりが、笑える。

散歩中、ヒロムがいきなり「ター」と叫ぶと、介助者は周囲の手前、恥ずかしがってそれを止めようとして、やめる約束をさせる。

「やめないともう行かないよ」

「やめる」

「絶対に?」

「絶対」

「よし、じゃあ、行こう」

直後に

「ター!」

わかるぅ!

笑える。

止めるから、叫ぶんだ。


僕は今は自分が障碍者をやっているが、

31年間の教員生活の中で、10年ぐらいは、支援教育(昔、大阪では養護教育と言った)に関わった。

だから無数の場面を体験していて、なんでこうなるか、手にとるようにわかる。

色々な場面を思い出したので、映画後の話し合いでいくつかを語った。

ひとつよく覚えているのは、知的障碍の子の授業の入り込み(横について援助する)をしていて、

その子が外に遊びに行きたいと言ったので、一緒に校内をぶらついて、楽しく遊んだあとのこと。

学校の会議での取り決めで、そしてどうなったかわからなくならないよう、そういう場合も、終わりの礼のときには、教室に戻るようにしている。

もうすぐチャイムが鳴りそうだったので、僕は彼を連れて、教室に戻り始めた。

ぎりぎりチャイムに間に合いそうだった。

と教室に入る直前、その子が「トイレ」と言った。

ストレス!

そこに他の社会との接触面のないとき、僕と彼がふたりだけなら、

僕も子どもになってひたすら楽しく遊ぶ。

しかし、社会的取り決めとの接触面で、その子が逸脱するとき、僕には立場上、コントロールの必要が出てきて、

コントロールするのがイヤなのに、コントロールしないといけなくなる。

僕はそのとき(トイレに)「行っといで」と言ったが、内面では「え、今からかよ。都合があるのに」と思っていたので、そういうバイブレーションが出ていた。

と、その子はいきなりパニックになって、僕に噛みついてきた。

今なら、どうするか。

今なら僕はそのまんま頭かかえて「ええええ。今からかよおーーーーー。えーーーーん。でもしょうがいないよなあ。トイレだもんな。ここで待ってるわ。ええーーーーーん。先生の都合は壊れてもたーーーー」と全部そのまま表現する。

無表情に不機嫌そうに「行っておいで」と言うと

言葉とバイブレーションがダブルメッセージになり、それを人一倍、敏感に感じる知的障碍の子は、パニくると理解できるからだ。

そんな話をすると、この映画会を主催したAちゃん(大学を出てから、国内外を旅する、市役所の福祉的な部門でバイトをするなど、道を模索していたが、今は福祉の学校の学生をしている)の福祉の学校での同級生だという3人の若い男性が興味深く聞いていた気がする。

あと、中国人のYは場慣れしてないからか、あまり話さないので、話を振った。

「中国では障碍のある子は同じ学校にいないよね」

とか、

「大阪に来て、学校に普通にいるのを見て、どう思った?」

とか。

中国の現状をシェアしてくれることは、他の人の参考になるというのもあったが・・・・・

終わってから思うに、僕は教師の癖が抜けていない。

福祉の世界で生きてきた系の大人もいたんだけど、その人たちにではなく、福祉の学校の学生や、若い中国人のYが、この会で何かをつかむように、自分が話したり、話を振ったりしている。

司会は、りりあんの人がやっているのだが、全体の進行をいつのまにか援助している。(-_-;)

まあ、うざい人もいるかもしれないが、若い人たちに期待しているということで、許せ。(-_-;)



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長澤靖浩
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