アミタの観た夢 (Xー6)
奈津子の高校時代、癌は今以上に不治の病として畏れをもって取り扱われていた。本人に「告知する」べきかどうか。そのことがしばしば議論の的となり、人々は自分なら告知してほしい、自分なら知りたくないとその意見が割れているような有様であった。
まだ若い担当医は奈津子にではなく、その母に「骨肉腫」という足の骨の癌の名前を告げ、治療としては左足の切断が最も相応しいと意見した。切断の決断は早ければ早いほど、転移を防げる可能性が増す。
そう告げる医師の横ではやや年配のもうひとりの医師が黙ったまま同席している。
「どうか、切断だけはやめてください」
母はおろおろと泣き腫らし、医者を拝むようにして手を合わせた。
「かなり進行していますから・・・抗癌剤だけで叩くのは無理なんですよ」
「娘はまだ一六歳なんですよ」
「だからなんですよ、お母さん。成人式を迎えさせてあげたいでしょう」
「奈津子は大人になれずに死ぬというんですか!」
医者に向かって語気を荒げることの無意味であることは百も承知であったが、感情を押しとどめることができない。
「残酷なようですが、お母さんには申し上げておかないといけません。このステージまで進行していると五年生存率はほぼ0に近いです。しかし、切断処置が早ければわずかに希望をつなぐことができます」
この患者の両親は早くに離婚しており、幼児期に離れ離れになった娘の入院先に父親が現れることはなかった。このような時に医師はひとりで取り乱す母親を何とかして支えなければならない。
「足をどこから切断するというんですか」
「残念ですがほぼ付け根近くからになります。その部位の骨が既に癌に侵されてしまっているんです」
「どうして。どうしてうちの娘が!」
神をも恨む勢いで言い募る母親を前に若い医師はお手上げである。
黙って隣で聞いていた年配の方の医師がここでやっとのことで初めて口を開いた。
「人工骨を使いましょうか」
母親は顔を上げ、顎髭に白いものの混じったこの医師の顔を仰いだ。
「転移を防ぐためにはどうしても骨は切断しなければなりません。しかし、金属の人工骨を埋め込めば、足を残すことができます。ズボンを履けば、両足がそろって見えますよ」
母親の表情に微かな光が灯った。
この成り行きの裏には、彼女には知る由もない裏があった。このような修羅場の場数を踏んでいる医師らは、患者や家族の心理をしかるべき落としどころに持っていくために、経験から来る技術を駆使することに長けていたのである。
まず完全に片足のなくなった娘の姿をイメージさせ、その衝撃に嫌というほど晒す。そうしておいた上で人工骨によって形だけでも両足の揃った姿を提示する。絶望の只中からすがるように差し伸べられた手を握ってみせるのである。
このようにすることで初めから冷たい金属の人工骨をイメージさせた際の衝撃を結果的に幾分か和らげることに成功するのだ。
「お願いします。お願いします、先生。どうか娘の脚を残してやってください。娘はまだ一六歳なんです」
言わずもがなのことを母親は繰り返す。
「わかりました。では、人工骨を埋める手術をするという方向で、治療の計画を立てていきましょう。長い闘いになりますが、一緒にがんばりましょう。どうか、お母さん、できるだけ心を平穏に保って、娘さんを支えてあげてください」
年配の医師は言い終えると、ちらと若い医師と視線を合わせた。おいしいところは、年配の主任医師が持っていったが、二人には初めから、話の進め方、落としどころについての合意が形成されていたのだった。