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この世に投げ返されて(25) ~臨死体験と生きていることの奇跡~
(25)
ダンスバリアフリーの練習は、大阪城近くのNHKセンターや、私の主治医のいる長居の病院に近い障碍者スポーツセンターなどを借りてしばしば行われました。
私は当時54歳で、殆どのメンバーが私より若者でした。もともと福祉関係の仕事の方なんでしょうか、世話役をしていた数人のメンバーが比較的、私に近い年齢のように感じました。
メンバーの障碍の様態は多様でした。支援教育の経験で障碍者との付き合いには慣れてはいましたが、はっきり生徒であると決まっていない中での関係の作り方に最初は戸惑いもありました。距離感がうまくつかめなかったのです。
しかし、そのうち、知的障碍や精神障碍の若者たちの振る舞いに私は癒され、彼らの中に溶け込んでいきました。
「食べる?」と言って、持ってきていたお菓子の袋を差し出す女の子。初めから対等に振舞ってくれるのがとても気が楽でした。
ダンスの指導者くわっちは、それぞれの障碍の特性を活かして、それが却ってプラスになるようにダンスのアレンジを工夫していました。
身体の不自由のない者は、誰でも大胆な動きを担ったというわけではありません。目の見えない仲間、耳の聞こえない仲間、大きい音が苦手で音楽に合わせて踊るのに防音のヘッドフォンをしている仲間もいます。
目の見えないはずのTは、仲間の声やその位置から判断しているのか、いつもほぼ正しい動きをするので、「ほんまは見えてるんやろ」といつも温かくからかわれていました。彼がそのような動けるのは周囲の仲間たちが与えている安心感からだと私には見えました。
私は車椅子に座ったまま上半身で踊ったり、部分的に立ち上がったり、人の援助で車椅子を離れることにも挑戦しました。安全に配慮しながらも、各自の最大限の自在な動きを引き出すことにくわっちの精力は注がれていました。
時々、ラッパーのSHINGO☆西成が練習に参加しにきてくれることがありました。つながらーとという音楽フェスに一緒に出るためでした。つながらーとは、障碍があるパフォーマーも、そうでないパフォーマーも誰もが共に作り上げる祭りとして行われているフェスティバルでした。
当時、NHKのバリアフリーをテーマにしたバラエティ番組が密着取材していました。特にそれに出演するSHINGO☆西成&ダンスバリアフリーを番組で紹介する計画があったのです。
練習が終わって、本来は会議場だった場合など、元の通りに机を並べるなどの作業が必要なときがありました。私は車椅子に座ったまま殆どその作業を手伝うことができませんでした。
仕方ないこととはいえ、申し訳ないと思い、「役に立たなくてごめんねー」と自然に声を上げました。すると精神障碍の女の子が突然、ちょっと素っ頓狂な声で「ひかるさんは、いつもみんなの役に立ってます。とっても役に立ってます!」と叫びました。
とても唐突な発言でした。ただ、私が「役に立ってない」と発言した瞬間に反射的に出てきたような言葉だったのでしょう。
「役に立つ」とは何か。そこからは1冊の思想書さえ書くことが可能です。
一見、役に立っていないように見えるものが、関係性の中で果たしている役割や、存在自体が持つ意味。
人間から微生物に到るまで「役に立つ」という言葉は実に多様な羽を有しています。
しかし、このとき彼女が「ひかるさんは役に立ってます!」と叫んだのは、そんな考察の上のものではない。ただやむにやまれず、とっさに叫んだだけのものだったと思います。
その約2年後の2016年、相模原障碍者施設殺傷事件が起こりました。神奈川県立の知的障害者福祉施設「やまゆり園」の元職員が、「役に立たない」「お荷物になるだけの存在」として入所者19人を刺殺しました。
以来、私は自己紹介を求められると、「元教員」とか「文筆業」とか中途半端なことを言うのはやめました。
「無職の障碍者」と堂々と名乗ることにしました。
その後、covid-19によるパンデミックが騒がれ、トリアージ(治療優先順位)について多く論じられるようになりました。
また不治の病におかされた際の尊厳死の問題についても色々な角度から論じられる機会が増えました。
各種のシンポジウムなどで私も発言する機会はありましたが、実のところ、そんな際、私の脳裏に通奏低音のようにして響いていたのは、どのような思想的な組み立てよりも以前に、あのときひとりの女性が叫んだ「ひかるさんは役に立ってます!」という、理屈抜きにすべてを引き裂いて屹立するような言葉でした。
この世に生を受けた者の全員が、無条件に、天啓として受け止めてもよい言葉ではないでしょうか。
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