僕の好きだった先生(2) 小説

 「で、自分でその秘密を見つけたんですか。それじゃあ、僕に教えてくださいよ」
 神川先生は前のめりになる僕を落ち着かせるようにひとつ息を吐いた。
 「今も説明はできないんだよ。教えることもできない。だから、ただ描く。描くことを通して実現するしかないんだよ」
 「教えられない・・・?」
 「そう。出し惜しみしているのではなくて、説明が無理なんだよ」
 「自分で描くしかないんですね」
 「君は文章を書くだろう。数学の授業中に、国語のノートに書いていた小説を谷口先生に取り上げられた」
 谷口先生は「取り上げます!」のセリフで有名な、眼鏡の端っこがとんがっている年配の女の先生だ。
「知ってるんですか」
 「職員室で話題だったよ。描写力がすごいってね。谷口女史は『破棄しますわね!』と息巻いていたんだけど、国語の三谷先生が国語の板書をまじめに写している部分もあるから返してくださいと言った。で、君のもとに戻っただろう」
 「はい。小説が戻ってよかった」
 「僕もちょっと読ませてもらったんだ。君の文章は絵も写真もないところに光景を見せる。どうやって見せる? 説明できるか? 教えられるか? ただ描くんだろう」
「はい・・・・」
「それと同じなんだよ」
 僕は芸術のぜんぶの分野が大好きだ。絵を描くのはとても好きなのはもう言ったよね。最近は友達にバンドをしようと言われて、ギターの練習も始めた。
 けれども根っこのところでは、自分が言葉の人間で、どうしても説明を求めてしまう悪い癖があると思っていた。だから美術や音楽で、言葉を仲立ちしないで、何かを表す人たちを尊敬していた。
 けれども今、美術の神川先生に「君の小説は目の前にないものを見せるという意味で、僕の絵と同じだ」と言ってもらえてとても嬉しかった。ふわっと胸が温かくなった。
 「神川先生、僕、先生が顧問している、美術部に入っていいですか?」
 「君は文芸部じゃなかった?」
 「掛け持ち、ダメですか? 小説はひとりで描けるけど、絵は僕よりうまいひとや、先生と一緒に描きたいです」
 「私の方は掛け持ちOKだよ。美術部に歓迎する。文芸部の先生と担任の先生に相談してごらん」
 「はい」
 文芸部の顧問で、同時に僕の担任なのは、小説のノートを取り戻してくれた三谷先生だ。きっと「共感覚は同時的にすべての芸術力を高める」とかなんとか、いつもの妙に哲学的で難解なことを言って、許可してくれるに違いない。僕はすでに三谷先生が使いそうなセリフをなぞって言えるようになっている自分がおかしかったのでクスっと笑ってしまった。
 こうして僕は一年生のときの文化祭をきっかけに美術部に掛け持ち入部して、放課後毎日絵を描くことになったんだ。小説は家でも書けるので、放課後は美術部の活動している美術室の方に熱心に通うようになった。
 美術部の顧問が、保護者に人気の、スキンヘッドの中川先生でなくてよかった。中川先生はもうひとりの美術教師だが、美術以上にバスケットボールが好きなようだ。顧問として、バスケ部を全国大会に何度も連れていっているそうだ。どの学校に転勤しても生活指導部長をして、荒れた学校もガツンと治めてしまうので、市全体でも評価が高い。すぐにでも教頭、校長の道が待っているだろうという出世頭。だけど、僕は大嫌いだった。
(つづく)

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長澤靖浩
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